指喰いピアノ #春ピリカ応募
旧校舎の音楽室にあるピアノを弾いてはいけないよ。弾いたら、指を喰われてしまうから──
私が中学3年の夏休みのことだった。
「ねぇ、旧校舎が壊される前に肝試ししない?」
この一言で、仲の良い5人で夜の旧校舎で肝試しすることになった。
旧校舎はしばらく使われておらず、蜘蛛の巣が張り、床には埃が積もっていた。
教室に刻まれた過去の生徒の気配を感じながら、校舎内を歩いていると、音楽室にたどり着いた。
月に照らされ、ピアノは仄暗く輝いていた。
「これ、指喰いピアノじゃね?」
仲間の男の子が蓋を開けると、「ねこふんじゃった」を弾き始めた。
「やめなよ、本当に指を喰われたらどうするの!」
私は忠告したが、彼はピアノを弾くのをやめなかった。
「そんなの、作り話だって!どこの学校にもよくある怪談話だよ」
彼がピアノから目をそらしたその時、ピアノの蓋が勢いよく閉まった。
「ぎゃあああ!」
夜の旧校舎に男の子の断末魔の叫びが響き渡った。ピアノの蓋からは大量の血があふれていた。
私やいっしょにいた仲間が、その惨状の恐ろしさで悲鳴をあげた。
『かえさないと』
知らない女の子の囁やきが聞こえた。
男の子の指は、ピアノの蓋によって切断されてしまっていた。
仲の良かった5人は、それ以来お互いを避けるようになった。
毎晩、指喰いピアノの夢を見るようになった私は、恐怖に耐えかねて祖母に肝試しの夜のことを話した。
祖母は義手を震わせて、私に「音楽室に連れていって」と必死の形相で頼みこんだ。
祖母はかつての親友と、あの音楽室でピアノを弾いているときに喧嘩をし親友が閉めたピアノの蓋で指を切断してしまった、親友は責任を感じて音楽室で自殺してしまったのだと、私に打ち明けた。
私は祖母を車椅子に乗せ、旧校舎の音楽室に連れて行った。男の子の血の染みがうっすらと床に残っている。
「華子さん、私よ。利津よ!」
祖母がピアノに向かって叫ぶと、ピアノからぼんやりと少女の姿が現れた。
「利津さん……私、あなたの指を返さないと」
華子と呼ばれた少女は、祖母の義手に触れる素振りをした。
「華子さん、もういいの。一緒にかえりましょう」
祖母が少女を抱きしめると、祖母は車椅子から崩れ落ち、その命を終えた。
祖母と華子さんは、一緒に天国へ昇れたのだろうか。
(930文字)
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