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紫陽花の季節、君はいない 57

「いらっしゃいませ。」
俺と同じ年頃の女性が元気に挨拶してくれた。
半分以上顔が隠れていても分かるぐらいの、明るい笑顔である。
俺は不思議と緊張せずにケーキを注文することが出来た。

ケーキを箱に入れてもらっている間、かつて紫陽の誕生日を祝った記憶がないことに気づいた。
精霊である彼女は、俺がはじめて八幡宮に参拝した日に生まれた。
御朱印も拝受しているので、生まれた日も分かっている。

あの頃は誕生日よりも、毎年彼女が眠りから覚め、「今年も会えたね」と再会を喜ぶことの方が大切だった。

俺にとって自分の誕生日が実母の命日でもあるから、「祝う」という発想にならなかったというのもある。

「お待たせしました~!」
店員さんがケーキの入った箱を差し出した。
俺の意識は現実に引き戻された。
「ありがとうございます。」
俺はそれを受け取ると、柊司とあおいさんの元へ急いだ。

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