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紫陽花の季節、君はいない 10

「涼見姐さん、久しぶり。」
俺が挨拶している間、姐さんは俺の手元をじっと見ていた。

「それは、八幡宮の腹帯だな。
まさか、お前紫陽をさっさと忘れて子が出来たのか?」
姐さんが軽蔑の眼差しを俺に向けた。

「…ち、違う!誤解だ!!
これは、柊司…友人の奥さんの代わりに受け取りに来ただけだ!
今は、外出するにもリスクが高いからさっ。」
俺は懸命に弁明した。

「ふん、言い訳をすればするほど胡散臭いが、お前の性格を考えると、そんなことして私にわざわざ会いに来る訳ないな。」
どうやら誤解は解けたようだ。

俺は以前より「御涼所」が明るいことに気付いた。
「姐さん、何だか此処明るくなった?」
「それは、お前が何時も梅雨の時季ばかり来るからだろう。」
「俺、天気が良い日にも来てたよ。」
俺は勢いで天を仰いだ。涼見姐さんの本体であるケヤキの木に葉が無かった。

「姐さんが禿げたー!」
枝を指差しながら俺が叫ぶと、姐さんから張り手された。

「精霊とはいえ、おなごに『禿げ』とは失礼な!ケヤキは落葉樹なのだ。」
「すみません。」
何だか懐かしいノリだ。違うのは紫陽がいないことだ。

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