國吉の猫 肆

「夢見るそれいゆ」に出てくる猫の姿をした桜の精霊、【朔】目線の話の第四弾です。


僕は朔。國吉に飼われている、猫の姿をした桜の精霊だよ。

今日は、國吉が片想いしている女の子・ひなたと出掛ける約束の日。
國吉もとても楽しみにしていたんだ。

ただ、楽しみにし過ぎて失念していたんだ。約束の日が「七夕の句会」とかぶっていたことを。

七夕の句会は、紫陽花の季節の八幡宮の行事の一つで、宮司の息子である國吉は、毎年お茶を出したり接待をしているんだ。

今回、従妹の更紗が手を打ってくれて、更紗の恋人・羊司に接待役を代わってもらうことが出来たんだけど…。

家(八幡宮)を出る時間ギリギリまで、手伝っていたのがまずかった。
國吉は、毎年句会に参加している氏子の女性に話し掛けられてしまったんだ。

この女性、とてもマシンガントークで、國吉が「そろそろお暇を…」と言っても、全然聞き入れてくれない。
羊司も慣れない接待で、自分のことで手一杯だ。

八幡宮の精霊たちも、ハラハラしながら様子を見ていたんだ。

「ねぇ、このままじゃ國吉…ひなたに完全に嫌われちゃうよ!」
僕は紅葉(クレハ)に訴えた。
「せっかくいい感じになりそうなのに、それはマズイわね。」
僕らは焦っていた。こういう時、猫の姿なのがもどかしい。

「──私に任せよ。」
低めの女性の声が聞こえたかと思うと、涼しい風が僕らの後ろから吹いた。

僕は目を疑った。
ケヤキの木の精霊・涼見が自ら人間の前に姿を現したではないか。

「もうし、ご婦人。國吉はこれから大事な用がある故、この場を去ることを許してもらえぬだろうか。」
かなり古風な言い回しになってしまっているけど、どうやら聞き入れてもらえたみたいだ。
涼見は鳥居の前まで、國吉の手を引いて行った。

「…ええと、貴女はお会いしたことがありますか?」
國吉は急に現れた涼見に困惑している。
それはそうだ。八幡宮の精霊は、僕(猫)を除いて普段は人間に見えないように暮らしている。
國吉のことも一方的に僕らが知っているだけだ。

「私のことを気にしている暇はない。
早うひなたの元へ行かぬか!」
涼見は國吉を鳥居の外へ押し出したんだ。
まったく乱暴なんだから。

でも、やっと國吉はひなたの元へ向かうことが出来た。

「涼見、國吉を助けてくれてありがとう。」
僕がお礼を言ったら涼見はビクッとして、
「まぁ、黙って見てられなかったからな。」
とぶっきらぼうに答えた。

涼見は猫が苦手で、紅葉がいないときは僕に近づかない。
そう言えば、紅葉抜きで涼見と会話したのはじめてかもしれない。

「──ねぇ、僕のこと怖い?」
ずっと気にしていたことを聞いてみた。
「…朔のことが怖いわけではないのだ。
昔、本体のケヤキの木の根元を猫に爪を研がれてな。それ以来、猫の姿を見ると身構えてしまうのだ。」
涼見は震える手で、僕の頭を撫でた。

「僕は、決して涼見を傷付けないから安心してよ。」
「…そうだな。姿は猫でも、お前は私達の仲間だからな。」
涼見が僕に微笑んでくれた。
また少し、涼見との距離が近付いた。

ねぇ、國吉。君もひなたとの距離が近くなると良いね。

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