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ロジャース派の自己概念理論の概要

■ロジャーズ派の精神構造の理論の事情

 ロジャース派の精神構造の理論は「自己概念理論」である。ただし、この自己概念理論の理解に関して「ロジャース派の本来の自己概念理論」と「通俗的な自己概念理論」の距離のある2つの理解がある。もちろん、ロジャース派心理学の理解の為に必要なものは本来の自己概念理論だけなのだが、通俗的理解の自己概念理論は身近なカウンセリングにおいて用いられており、紛い物と混同することなくロジャース派本来の自己概念理論を把握するためには紛い物の方もそれなりに理解しておいた方が良い。

 また困ったことに別の意味でも通俗的理解の自己概念理論の内容を把握しておく必要がある。ロジャース派からすれば紛い物であるはずの通俗的理解は、文学作品に登場する人間観とも共通であるような、ある意味で普遍的で人間に対する説明力が高いものなのだ。したがって、自己概念理論に関する通俗的理解と本来的理解に対して「どちらも人間に対する妥当な認識」として評価し、通俗的理解を一方的に排斥しないようにしなければ、教条的な態度を生み出してしまうだろう。

 さらに注意点として、ロジャース派心理学には精神構造に関する直接的理論だけでなくカウンセリング技法に必要な理論や原則がかなりの分量で存在することが挙げられる。このことは、ロジャース派心理学に非専門家が簡単に触れた場合に、カウンセリング技法という方法論からの要請に基づく理論と精神構造に関する直接的理論を混同してしまいがちになる。その点にも十分な注意が必要である。


■ロジャース派の自己概念理論の概要

 ロジャース派の自己概念理論は、以下の図で説明できる。しかし、この「ズラして重ねた理想自己と現実自己の図」は先にも述べたように二つの別個の理解を生んでいる。また、通俗的に出回っている図に登場する概念も、ロジャース派本来の自己概念理論からすると解釈が正しくないように思われる。そういった事情も併せて本稿では簡潔に自己概念理論の構造を説明することにしよう。まずは簡単に事情も含めて説明しよう。

図ア:ロジャース派の自己概念理論(筆者作成)

 さて、自己概念理論には上図に示す通り理想自己と現実自己の二つの自己があるように説明されることが多い。また理想自己を自己概念、現実自己を経験と説明されていることもある。

理想自己:「価値の条件によって価値付けられた経験の価値」と「価値の条件と矛盾しない経験の有機的価値」の集合としての自己
現実自己:現実世界での経験の有機的価値の集合としての自己

 この二つの自己は通常ズレている。このズレが生じている事態を部分的にでも自覚してしまった状態を自己不一致(の状態)という。そして自己不一致の状態が心理的な問題や不適応を引き起こす。したがって、それらの問題を発生させない現実自己と理想自己が重なっている部分―—自己一致の領域―—を広げ、ズレている領域を小さくすることが望ましい。そのように考えるのがロジャース派の人間精神の理論である自己概念理論である。

 ただし、出回っている解説での用語法に合わせて図アにおいて理想自己の別称として自己概念と示したが、ロジャース派の自己概念理論によれば、理想自己と自己概念は別物であると思われる。自己概念は経験を価値付けて理想自己に写す写像であると私は思う。また、現実自己の別称として経験と示したが、現実自己と経験は別物で、現実自己は経験の有機的価値の束を指していると思われる。どうも「理想自己と現実自己」と「自己概念」と「経験」のレイヤーの違いが出回っている解説では理解されていないのではないかと感じる。


■ロジャース派の自己概念理論の構造

 簡潔にロジャース派本来の自己概念理論について見てみよう。ただし、ここで行う説明は、理論に出てくる概念相互の関係の説明であって、ロジャース派の自己概念理論がどのようにして人間の精神を説明するかは触れない。

 さて、ロジャース派本来の自己概念理論において、経験が価値付けられる場合、有機的価値付け「価値の条件」による価値付けの二つの方式で価値付けられる。通常は一つの経験に対して双方の方式で価値付けが為されるが、発達段階が乳児の時期の場合、無条件の肯定的配慮が為されている場合、自己配慮が為されている場合は有機的価値付けのみとなることがある。また、有機的価値付けによる経験の価値は現実自己に属し、「価値の条件」による価値付けでの経験の価値は理想自己に属する。そして、経験に対する有機的価値付けと「価値の条件」による価値付けの結果が異なるとき、通常の場合において、価値の条件による価値が優先されて意識され、逆に有機的価値は無意識に追いやられるとしている。

 ロジャース派の自己概念理論の構造を示すと次のようになる。

 経験の価値が属する集合について以下のように定義すると、それぞれ次のような関係にある。

R:現実自己
I:理想自己
C:意識
U:無意識

C=I,U=R\I

 経験および価値付けを以下のように定義すると、経験の価値は次のように表現される。

x:経験
f:有機的価値付け
g:「価値の条件」による価値付け

f(x):有機的価値付けによる経験の価値
g(x):「価値の条件」から価値付けられた経験の価値

 経験の価値とその属する集合に関しては以下であるとされる。

f(x)∊R  ,  g(x)∊I

            f(x)=g(x) ⇒ f(x),g(x)∊C
            f(x)≠g(x) ⇒ f(x)∊U , g(x)∊C

 通常の精神状態においては以上の関係が成り立っているとされる。この一連のシステムを指して自己構造という。この自己構造を以下のように定義しよう。

自己構造S:S=(R,I,C,U,f,g)
                    C=I,U=R\I
                    f(x)∊R  ,  g(x)∊I
                    f(x)=g(x) ⇒ f(x),g(x)∊C
                    f(x)≠g(x) ⇒ f(x)∊U , g(x)∊C

 しかし、ある時にf(x)≠g(x)であることが自覚されてしまうと、自己構造の下記の部分:

f(x)≠g(x) ⇒ f(x)∊U , g(x)∊C

が成り立たなくなる。

 すなわちf(x)≠g(x)であるにも拘らずf(x)∊Cとなったとき、精神的な危機―—自己構造の解体―—に陥るとされる。つまり、次のような経験xが生じたときである。

∃x:f(x)≠g(x),f(x)∊C

 このとき、「価値の条件」の変化、自己配慮の範囲の拡大により、自己構造の再統合が為され、精神的な危機が解消されるとされる。つまり、自己構造が次のように変化する。

自己構造S*:S=(R,I*,C,*U*,f,g*)
                    C*=I*,U*=R\I*
                    f(x)∊R  ,  g*(x)∊I*
                    f(x)=g*(x) ⇒ f(x),g*(x)∊C*
                    f(x)≠g*(x) ⇒ f(x)∊U* , g*(x)∊C*

  基本的な構造は以上なのだが、ややこしくなるために後回しにしていた「無条件の肯定的配慮」と「自己配慮」について、その構造を考えよう。

 「無条件の肯定的配慮」および「自己配慮」に関しても特殊な価値付けとして考えることができる。また、「無条件の肯定的配慮」および「自己配慮」を考えるとき、配慮を受ける経験の範囲を考える必要がある。また、「価値の条件」による価値付けについても、場合分けをする必要が出てくる。

 経験に関してその属する集合について定義する。すなわち、全ての経験が属する集合、自己配慮を受ける経験が属する集合、無条件の肯定的配慮を受ける経験が属する集合を定義する。またそれぞれの集合の間の関係は以下である。

X:すべての経験が属する集合
Y:自己配慮を受ける経験が属する集合
Z:無条件の肯定的配慮を受ける経験が属する集合

Y⊂X , Z⊂X

 この「ZがXの部分集合である」ことに関して疑問を持つ人もいるかもしれない。しかし、カウンセリング三原則"無条件の肯定的配慮"と言えど「クライエントがカウンセラーをナイフで刺し殺そうとしたとき"無条件の肯定的配慮"によって大人しく殺されなければならない」とはならない。したがって、ZはXの部分集合となる。

 さて、無条件の肯定的配慮にせよ、自己配慮にせよ、配慮を受けたときには「有機的価値付けによる経験の価値」は意識下において肯定される。つまり、配慮を受けた経験に関しては以下の関係が成り立っているとされている。

f(x)∊C

 配慮を受ける経験は「通常の精神状態」の場合にも存在しているとされているので、配慮を受ける場合と受けない場合で場合分けを行って、「価値の条件」による価値付けを定義し直す必要がある。この配慮を考慮にいれた「価値の条件」による価値付けを以下のように定義する。このとき、配慮を考慮にいれた「価値の条件」による価値付けによる経験の価値は次のようになる。

G:配慮を考慮にいれた「価値の条件」による価値付け

 「無条件の肯定的配慮」および「自己配慮」を含めた、「価値の条件」による価値付けGが自己概念である。以上で示した構造によってロジャース派の自己概念理論の構造が示せたと思われる。

 では次に通俗的理解の自己概念理論を見よう。


■通俗的理解の自己概念理論

 自己概念理論の通俗的理解では、以下の図イに示されるような関係にある現実自己と理想自己がある。そして、現実自己と理想自己を示す二つの円でつくられる各領域に関して、二つの自己が一致する領域を「実績に裏打ちされた自己」、理想自己とは重ならない現実自己の領域を「黒歴史(※スラングだが的確に示す語)」、現実自己とは重ならない理想自己の領域を「虚像」と本稿では呼ぼう。

 この通俗的理解の枠組みにおいて、自己一致の領域の「実績に裏打ちされた自己」は心理的問題を起こさないが、不一致となる領域の「黒歴史」と「虚像」がそれぞれ心理的問題を引き起こすと考える。

図イ:ロジャース派の自己概念理論の通俗的理解(筆者作成)

 繰り返しになるがロジャース派本来の自己概念理論は上記の図イで示される通俗的な理解とは異なる。このことは忘れないでほしい。では早速見ていこう。

 通俗的理解の自己概念理論の構造は以下に示す様にシンプルである。

  1. 人間は経験を"黒歴史"・"実績に裏打ちされた自己"・"虚像"のいずれかの領域に属させる

  2. 実績に裏打ちされた自己の領域に属する経験は不適応の原因にならない

  3. 黒歴史の領域に属する経験は不適応の原因になる

  4. 虚像の領域に属する経験は不適応の原因になる

まぁ、誰しもこの構造には納得がいくであろうから特には解説する必要も無かろうかと思うが、別稿でキッチリと見てみたい。何といっても人間の精神に関して、シンプルながら強力に説明するものだからだ。







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