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おくのほそ道 英訳〈秋編〉

おくのほそ道に詠まれた松尾芭蕉の有名な句を、英訳してみました。順不動、思いつくままの気まま旅です。

by SAKURAnoG

参考文献 「新版おくのほそ道」角川ソフィア文庫  松尾芭蕉 潁原退蔵 尾形仂

8.市振

一つ家(や)に 遊女も寝たり 萩と月

A harlot
Under the same roof
Hagi flowers in the garden
And the moon overhead

なかなか色っぽい内容なのですが、どうもこのシチュエーションは、芭蕉の創作のようです。連句では中程にちょっと艶っぽいストーリーを入れるのが常識だそうで、曽良の日記にこのことが一切触れてないことも、根拠の一つとなっています。

(この項目は、gooBLOG[marbo]さんの記事を参考にさせていただきました。)
https://blog.goo.ne.jp/marbo0324/e/84d021893553bf655f9754ece3584698

それでは、英訳の説明に移ります。
英語の体言止めとは、こんな感じかなということで、名詞を並べてみました。日米では思考回路が真逆なので、頭に名詞が来て後ろから修飾語が続きます。動詞をすべて省略して、体言止めの感じを出してみましたが、どうでしょうか?
「遊女も寝たり」は、「同じ宿に止まっている」ということで、特に「sleep」という必要はないと思います。(「moon」で夜ということはわかります。)思い切って「A harlot」一語のみで英訳の初句(「遊女も寝たり」)を構成してみました。
最後の「And」は、普通は入れないのですが、今回はあったほうがスムーズに読めるので、入れました。
「萩」というのは、和英辞典で引くと「Japanese bush clover」と出ているのですが、これも句に入れる必要はないでしょう。文章がだれてきますし、ここはHagiが「花」であるということがわかれば、十分だと思います。「Hagi flower」としました。
俳句の英訳は、意味の説明になってはいけない。むつかしいですが、俳句とはそういうものですよね。

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9.天龍寺・永平寺

物書きて 扇引きさく なごりかな

Writing down a haiku on a folding fan
I will part it off for you and me
Now it’s time for farewell
The sorrow of parting

やはり、最後の「なごりかな」が難しかったです。「While」をいれるのか、分詞構文にして「The sorrow of parting lingering on」とするのか、等。文章ではなく体言止めにしてみると、意外とインパクトがあって、気に入りました。
「扇引きさく」は「tear off」にすると、まさに破いてしまうイメージが払拭できなかったので、「part off」としました。欧米人の方には、どうして扇を引きさくのか、わからないと思いますので、ここは「for you and me」としました。

10.越前 種(いろ)の浜

波の間や 小貝にまじる 萩の塵

Scattered petals of Hagi flowers 
Among pink-colored small seashells
Now seen and then vanish under the water
At an interval of waves

西行法師の事績を訪ねての芭蕉の旅も、終わりに近づいてきました。
ここで、「小貝」とあるのは、次の句にあるように、「ますほの小貝」のことで、「ますほ」と言うのは「赤い」ということらしい。画像を検索してみると、実際には真っ赤というよりもピンクやオレンジに近い色合いだとわかります。

「萩の花が散って、ピンクの小貝と散った萩の花が、色を競いあうように波に揺られている。小貝の前では、美しい萩の花も塵のように霞んで見えることよ」

「ちり」は「塵」と「散り」をかけていると思います。この萩は散りたての美しい赤紫で「塵のように色あせた萩」ではない、と僕は思います。
この意趣は、次の「小萩ちれ」の句にも共通しています。

ゆらゆら揺れるますおの小貝と萩の花が、色鮮やかに波の合間にちらと見え、波が寄せると見えなくなる、そしてそれをいつ果てるともなく繰り返す、その情景を「波の間や」の5文字で見事に表現した、卓越の句だと思います。

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       (画像は、「ますほの小貝」とは関係ありません)

次の句は同じ「ますほの小貝」を読んだもので「薦獅子(こもじし)集」に収められています。

小萩ちれ ますほの小貝 小盃

Let your flowers fall, Hagi
Onto this pink-colored small seashell
That will make a small sake cup for me

「萩の花よ、小貝の美しさに恥じて、散ってこの小貝の盃で飲む酒に色を添えてくれ」

頭から「小萩」「小貝」「小盃」と頭韻を踏んでおり、歯切れのよいリズム感を生み出しています。また「小萩(KOHAGI)」と「小貝(KOGAI)」は、O、A、Iと同じ母音を共有しており、なめらかな句調を生み出しています。

「侘しき法花寺あり。爰(ここ)に茶を飲、酒をあたゝめて、夕ぐれのわびしさ、感に堪たり。」

芭蕉は、種(いろ)の浜に舟を浮かべて遊んだ後、「法花寺にあがりて酒のむ」と記しており、「ますほの小貝 小盃」というのは、ますほの小貝を盃にして飲むというイメージかと思われます
「小萩ちれ」というのは、中国四大美女の一人、かの有名な楊貴妃の形容「羞花(花も恥じらう)」を意識したもので、「このますほの小貝の美しさに恥じて、花を散らしなさい」と言っているのです。
「That will make」の「make」は、「作る」ではなく「~になる」という意味です。

11.大垣

蛤の ふたみに 別れゆく秋ぞ

Now at Futami
Like a shell and a flesh of a cooked clam
We are going to be separated
The fall is passing by

「おくのほそ道」最後の句です。二見は蛤の産地らしいのですが、「蓋」と「身」に分かれるところを、英語でどう表現するかを、ちょっと考えました。日本人なら「蓋と身に分かれる」といえば、だれでもあの焼きハマグリの図を思いだすでしょう。が、果たして欧米人が「蓋と身」で、どこまでボンゴレのカラス貝を、そしてそこから来る「別れ感」を感じてくれるのか、ちょっと微妙なところです。
ここを、単純に「Like a shell and a flesh」とだけやっても「別れ感」に疑問が残ったので、ボンゴレを思い出してもらえるように「of a cooked clam」と付け加えました。



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