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母の振袖の切なる願い。

母の振袖が晴れ舞台を迎えたのはこれまでで計3回。1回目は母の成人式。2回目は私の成人式。3回目は妹の成人式である。
親子2代で計3回。振袖界では中々に華やかな経歴ではなかろうか。

私が母の振袖の存在を知ったのは、振袖姿の母の写真を見たことがきっかけである。正確には、写真ではなくテレフォンカードで、母曰く、当時記念として振袖姿の写真のテレフォンカードを作成したとのことだ。
そのテレフォンカードは母の常備薬などと一緒にプラスチックのケースにしまわれて、月瀬家のリビングに保管されているのでいつでも閲覧可能。

透明ケースから見えるそれはまるでショーウィンドウ越しにマネキンを見るかのよう。
食事の時もテレビを見ている時も、ふと視線を感じてそちらを見ると、振袖姿の母がじーとこちらを見ている。なんともシュールな光景である。

恰幅の良い母が紫色の振袖を着てこちらを見ている様は実に迫力があり、老舗旅館の大女将を彷彿とさせる。早生まれのため成人前に成人式を迎えた母であるが、そこに写るのは齢19の少女とは到底思えない。
どちらかと言うと母似の私は、自分もいずれこうなるのかと、やけに貫禄のある母の振袖姿を見て気が遠くなった。

そして迎えた成人式当日。
晴れ舞台なのだから痩せなくてはと焦る私をよそに、私の体は冬眠前の熊のごとく食糧を求めた。己の欲望のまま栄養を蓄え込んだ体はブヨブヨとした皮下脂肪を着込み、見るも無残な姿へと成り果ててしまったのである。

しかし今更もうどうにもならない。せめて顔だけでもと、着付け前のメイクではシェーディング用パウダーを顔周りに塗りたくり、フェイスラインをゴリゴリと削った。側から見たら、デーモン閣下に違いない。何という悪あがきであろうか。

馴染みの美容院へ行って、ヘアセットと着付けを行う。長い前髪は横へ流し、後ろ髪は結い上げてアップスタイルに。美容院のお母さんは「盛り髪ベースやクッションが必要なくて助かる」と言っていたが、単に剛毛で毛量が多いだけである。この時ばかりは自分の髪と、それをくれた両親に感謝した。

ヘアセットが終わると、いよいよ着付け。着付けスペースに連れて行かれた私は、美容院のお母さんの早業によって、あれよあれよと言う間に、気づいたら振袖を着せられていた。鏡に写った振袖姿の自分と対峙する。

一人娘の母のためにこしらえたという振袖は紫色で、模様は梅の花が3つ。非常にシンプルだが、なんといっても帯が金色と派手派手。宇髄天元さんがこれを見たら、「派手派手だァ」と意気揚々に言い放つに違いない。シンプルな振袖と派手派手な帯とで、全体のバランスは非常に取れているのである。これをチョイスした祖母のセンスに金一封を送りたい。

ありゃ、私、綺麗じゃん。似合うじゃん。

思わず、ぼーっと鏡を見つめてしまった。これが、私であろうか。
のっぺりとした顔と胴長な体は完璧なまでに振袖を着こなし、たいそう様になっているではないか。まるでショーケースに入れられた日本人形のようだと、私は心の中で自分自身を褒めちぎっていた。

だが実際には、どこぞの任侠映画に出てくる姉御。やはり、人相の悪さとどっしりとした体格ではお人形にはなれなかったのである。そんなこともつゆ知らず、私はウキウキで成人式会場へと繰り出したのであった。

成人式に出席した後はスタジオで写真を撮る。完成した写真は1週間ほどでアプリの方でダウンロードできますから、とスタジオのお姉さんから言われ、浮つく私。

そのまま神社まで行って初詣をする。見ず知らずのおばさんに「あらあら、お嬢ちゃん綺麗ねぇ」と褒められた私は上機嫌で成人式の1日を終えたのであった。

それから数年後、今度は妹が成人式を迎えた。振袖にとって、3回目の晴れ舞台である。

美容師を志す妹は、オーソドックスな着こなしなどしない。あのシンプルな振袖をおしゃれに着崩し、髪型からヘアアクセサリーから小物まで派手派手である。宇髄天元さんが興奮気味に「派手派手だァ」と言いそうなくらいには派手派手である。
普通を好まない妹の世界観が存分に溢れ出ており、もはや一つの作品のようであった。

レースの手袋の上から大きめな飾りのついたゴテゴテの指輪を何個もはめ、踵の高い黒のレザーブーツをコツコツと鳴らしながら、まるでランウェイでも歩くかのごとく会場内を闊歩していた妹。ここはTGCか何かと勘違いしてしまいそうになる程の歩きっぷり。堂々とした出立ちに、我が妹ながら、こりゃあ大物になるぜと感心してしまった。

妹の話から少し逸れるが、毎年成人式のシーズンになると、派手な振袖や袴を着た新成人たちがインタビューされるところが多く報道される。お揃いの袴を身にまとい、背中にはデカデカと本名が記されている集団がカメラに向かってポーズをキメる。もはや風物詩となる光景である。

私の地元ではあまりそう言った派手な新成人はいないのだが、妹の成人式を見に行った時、私は衝撃的な光景を目の当たりにする。

いたのだ。彼らが。テレビの向こう側でしか見たことなかった彼らが、妹の成人式会場にいたのである。

フルネームが書かれたのぼり旗を持った彼ら。さらに驚くことに、妹が彼らの一員と楽しげに談笑し、写真まで撮っていたのである。ここでも妹は交友関係の広さを遺憾なく発揮していた。
偶然にも彼らののぼり旗の色は紫。妹の振袖の色と絶妙にマッチしてしまっている。妹は完全に彼らの中に溶け込んでいた。

そして驚くことに、のぼり旗を持った派手派手な彼らよりも、我が妹の方がさらに派手派手だったのである。姉である私は、まるで違う世界の人々を見るかのように、彼らを呆然と見続けていた。


母、私、妹の3者に着られた母の振袖。
老舗旅館の大女将となった母。
任侠映画の姉御となった私。
派手派手集団に溶け込んだ妹。

三者三様、それぞれの成人式を見守り続けてくれた振袖。
次着られる時があるのなら、今度こそ麗しい日本人形になりたいと願っているに違いない。

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