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「正しい人」と「涙を流す麗奈」/『響け!ユーフォニアム3』12話 感想#2

『響け!ユーフォニアム3』12話視聴。すごい回だった。視聴してからずっと「正しい人」について考えている。感情に流されない人。そんなイメージのある「正しい人」という言葉。だけど、久美子が目指すと宣言したのは、きっとそんな人じゃない。それを考えるには麗奈が見せた涙がヒントになる気がしている。悶々と考えたことをメモしておく。

#ネタばれあり

●二つに引き裂かれる麗奈
麗奈は「実力が正当に評価されるべきだ」と信じている。実力主義だ。でも麗奈の中には別の麗奈がいる。大吉山で涙を流して久美子に謝った麗奈。久美子ではなく真由を選んだことを「久美子への裏切り」と感じて涙を流す麗奈。「真由を選んだ麗奈」と「涙を流す麗奈」。大吉山での麗奈は二つに引き裂かれている。

●涙を流す麗奈と奏の思いは「正しい人」に入れたい
ここでは「実力のみを正当に評価すること」を「正しい」としよう。つまり「公平が正しい」ということだ。なので、多くの人の直観から大きく外していないはず。すくなくとも私の直観には合う。
その場合「真由を選んだ麗奈」は正しい。そりゃそうだ。では涙を流す麗奈は「正しい人」ではない、となるのだろうか。いや、それは間違っている。それが私の直観だ。「正しい人」という言葉には「涙を流す麗奈」が入っているべきだ。「実力主義者じゃないの?」と言われた奏は、この気持ちは別だと言った。その気持ちも涙を流す麗奈と同じだ。「正しい人」に入れないといけない。それが、私がずっと考えていることだ。

●正しい人とは何か
「涙を流す麗奈は正しい人ではない」というのは、私の直感から外れている。なぜか。それはきっと「正しい人」というのは「正しいことをする人」ではなくて「正しい道を示す人」だと感じているからだろう。正しいことをするだけでは正しい道を示せない。そこに「涙を流す麗奈」は絶対に必要な要素のはずだ。
「正しさ」はときに残酷だ。「正しさ」を強く信望している麗奈でさえ、泣き崩れるほどの残酷さを孕んでいる。そこには救いがない。だから「正しい人」は「正しさの残酷さ」をよく知っていなければならない。「残酷なのは知っている。それでも正しい道はこっちだ」と示すことができないとダメなのだ。だから大吉山で二つに引き裂かれた麗奈の両方ともが必要なのだ。

●久美子の演説と、麗奈に見せた涙
そしてオーディションで敗れた直後に、自分の本心を隠して部員に対してあの演説をした久美子は、残酷さを忘れていたのではない。残酷さを味わっている自分。そして「久美子が残酷さを味わっていること」を嫌というほど理解している部員たち。その状況だからこそ、今できるベストの方法で「正しい道はこっちだ」と示したのだろう。久美子は二つに引き裂かれながら、それでも正しい道を示そうとした。それはきっと部員に向けてだけではない。なによりも自分自身に向けて、正しい道を示そうとしたのだ。
そして久美子は大吉山で、麗奈の中にも自分と同じ分裂を見る。引き裂かれながら道を示していた麗奈を知る。そこに「正しい人」を見る。「死ぬほど悔しい」という気持ちをぶつけられたのは、麗奈も私と同じものを持っているのだ、という信頼感から、なのだろう。

いやいや、本当はこんな湿度の高い文章を書きたいんじゃないのだけどなぁ。気持ちが病んでいるのかも。まぁいいや。

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