10円とおにぎりと妊娠

 高校二年生の夏、隣のクラスの友達が僕のクラスのドアの前に立ち「さくらーい!」と叫んでいた。結界でも張られているかのように、頑なに僕のクラスへ入ってこようとはせず、足は廊下につけたまま、体は教室の中へ乗り出す姿でヘラヘラとしていた。僕がドアの前まで行くと、その友達は「頼む!10円くれ!」と言ってきた。僕は10円を渡した。10円を渡すだけで、その友達が帰ってくれるなら安いものだと思ったし、あれこれ考えるのも面倒だった。その友達は、いつも色んな人から10円を貰い、100円や、多い時で200円にし、そのお金でお菓子を買っていた。

 ある時、その行為を面白く思わなかった誰かが先生に相談し、その友達は停学になった。二週間の自宅待機期間の間に、反省文を5枚書いたらしいが、人から10円を貰いまくったことに対し、一体どんなことを反省し、5枚も反省文を書いたのだろうと今でも思う。

 僕のクラスには、その友達とは別の悪知恵を働かせてるやつがいた。親が作ったであろうおにぎりを教室で売り捌いている、岡くんというやつだ。当時、僕のクラスでは、持参したお弁当のおかずを交換し合うという行為が流行っていた。僕もよくお弁当に入っているチキンナゲットを友達にあげる代わりに、友達からエビチリをもらったりしていた。親が作った弁当をまるごと交換し合う人もいた。そんな中、岡くんは親が作ったおにぎりを教室で売っていた。
 岡くんの親が作るおにぎりの具は、決まって唐揚げだった。たまに明太子の時もあったが、明太子の日は誰も買おうとしなかった。そして、コンビニで買うおにぎりよりも、一回り大きい。そんなおにぎりを岡くんは、一つ100円で販売していた。クラスの中で、岡くんは「美味しいおにぎりを売ってくれる人」というよくわからない常識が根付いた。岡くんは次第に、持ってくるおにぎりの数も増え、当初は2つしか持ってきていなかったおにぎりも、毎日5つくらい持ってくるようになった。その全てをクラスメイトに売っていた。儲けたお金で、岡くんはコンビニの脂っこいホットスナックをよく買っていた。

 ある時、岡くんの家に泊まりに行くと、岡くんの母親は僕に「この子、おにぎりたくさん持たせてるのに、体が全然大きくならないの。」と言ってきた。野球部だった岡くんの体を、母親は一生懸命大きくしようとしていたのだ。しかし、おにぎりの転売をしていることを知っている僕は、何も言えなかった。

 体育祭の日、岡くんの鞄はパンパンに膨らんでいた。イタズラ心で、僕は岡くんの鞄のチャックを開けた。すると、財宝が崩れ落ちるみたいに、中からおにぎりが流れ出てきた。数はおそらく7〜10個くらい。岡くん、それはやりすぎだぜ。お昼になると岡くんは順調におにぎりを売り切った。体育祭が終わり、僕は岡くんと一緒に帰った。岡くんは悩んでいた。話を聞くと、彼女とセックスをしている時に飛んだ精子が彼女のおへそに入ってしまったらしい。そしてネットで調べると、おへそに精子が入ると100パーセント妊娠してしまう。という、当時ならではの嘘情報を信じ、彼女が妊娠してしまうことへの不安を僕にぶちまけた。僕は「おにぎりたくさん売って、出産代貯めないとね」と、中途半端な冗談を言った。

 そんなこんなで、10円を集めて停学になるやつもいれば、親が作ってきたおにぎりを売って金儲けするやつもいる、少しだけおかしな高校を卒業した。

 先日、高校生活で一番お世話になった先生のことを思い出し、手紙を書いた。全国発売した自分のバンドのCDも添えて「あの時はありがとうございました」と。返事が来たらいいなあと思いながら、ポストに投函した。数日後、facebookのメッセージで返事が来た。返事がSNSを通じて来たことに少しショックだったが、令和を生きていることを実感した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?