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短編小説

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これまでに書いた短編小説をまとめています。
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#オリジナル短編小説

短編小説 | 父が月をとった日

*このお話は、フィリピン人の友人Viliamorさんが話してくれた子供時代の思い出に基づいています。 ある日、ぼくは父と一緒に田舎の夜道を歩いていた。 そしたら、月が大きく出ていたんだ。 とっても大きくて、それはそれはきれいな月だった。 ぼくはそこで立ち止まって、呆然と月を眺めていた。 そうして、父にこう言ったんだ。 「ねえ、パパ。あの月を取ってきて」って。 父は言った。 「うん、わかった。」と。 家に帰ると、さっそく僕は窓辺に椅子を持っていった。 そして

短編小説 | 月が話した物語

山にのぼったんだよ。 そしたらね、月が大きく出ていたんだ。 あの月は、僕がそこにいることを知っているような風だった。 じーっと僕のことを見ているんだ。 「やっと来たのか。久しぶりじゃないか。」 と言わんばかりにね。 僕はそこで腰を下ろしてみたよ。 大きな月がそこにあるんだ。 そこを通り過ぎるわけにはいかないだろう。 ぼーっとその月を見ていたらね、少しずつ声が聞こえてきたんだ。 あれは多分、月の声だと思うよ。 「僕のことをじっと見ているのは今、君だけだよ」

【短編小説】花屋の男の子とピンクのバラの花

男の子が好きになったのは、公園で泣いている女の人でした。 女の人は、夕方の4時頃、教会の後ろにある小さな公園にやってきました。 そこには遊具がなかったから、子供たちの姿はありません。 子供たちはいつも、遊具がある大きな公園で遊んでいたからです。 女の人は、水色のワンピースに、白いスニーカーを履いてやってきました。 いつものベンチに腰掛けて、目の前を流れる川をいつものように眺めています。 すると、少しだけ肩を震わせて、今日も静かに泣くのでした。 男の子は、女の人が

短編小説 | お父さんと、玉子焼き

子供の時、はづきはお父さんが大好きだった。 お父さんと外を歩くときは、いつでも手をつないだ。 お父さんが家に帰ってきたときは、すぐに玄関へとかけつけて、お父さんにぎゅーってしてもらった。 お父さんと一緒に寝た。 お風呂も一緒に入った。 お父さんがすやすや寝ている日曜日の朝も、遠慮なく叩き起こしては、一緒に近くの川に遊びに行ったりした。 お父さんはとても大きな存在で、お父さんがいれば何も怖くなかった。 「人はいつか死んでしまう」と知った日も、お父さんの布団に入った

短編小説 | ハチ

茂みの中に入ると、そこに潜んでいた鳥たちが一斉に空へと飛び立ちました。 バタバタバタ、バタバタバタ。 空は青くて、雲は白い。 風が吹いている方向に、白い雲は流れていきます。 風があまりに気持ちよかったから、ふたりはそこに横たわりました。 「あの雲の中にはね、お城があるんだよ。」 トシくんは、そう言いました。 トシくんはまた変なことを言っている。 犬のハチは一応雲を眺めながら、そんな風に思いました。 それよりも、トシくんのポケットに入っているはずのお菓子の方が