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第36話≪カイ χの章⑦≫【scapegoate】 ―ハルという『女』、そして僕―

ハルはカイの介助の間、自身が作った脳信号の波形及び60兆個の細胞が記憶している時間細胞の波形を信号化し、それを映像化したものを分析して、その被対象の人間の過去と全ホメオスタシスの状態がわかってしまうというものを開発してしまっていた。しかし、これが軍事用に使われたり悪用されたりするのが容易に予測されたため、自分だけが使いこなせるように暗証キーと遺伝子認証、盗難やハッキングに逢った場合は自己破壊というオートプログラムが組まれた機器になっている。

なので、ハルはベッドの上にその装置をプラネタリウムのように創り、自分の脳波(δ波やα波など)と恒常性の生理学的な動態を特殊な素数信号を用いて、経時的に映像化、自身が7年前の強姦されたことによるパニック発作や過呼吸発作、PMS、PMDDの鬱と類似する症状の根本的且つ副作用のない治療法を、全世界の女性はもとより同じ苦しみで辛い日々を過ごす人々のQOLの向上、そして『平和』が拡がるにはどうすればいいのか頭を悩ませながら、日々、政府機関からの指令に則り、とある国の政府が軍事用に開発したアインシュタイン方程式を応用した異次元交通のロードを通って日々闘い、ドイツや日本、フランス語で空爆に逢う国境なき医師団の病院との連絡・通訳など、果てしなく何故ここまでも何かに献身的に身を捧げるのか傍から客観的にみると理解しがたいほどの使命感に燃える女性であった。

診断はカイが休養している間にその脳波を信号化し映像化するプラネタリウムのような装置解離性同一障害とパニック発作、迷走神経反射とし、カイがお守りで常時もっているBZ系(ベンゾジアゼピン系)の短時間系、長時間系は使用せず、ハルが開発した『精神的・肉体的依存』及び『催奇形』という副作用のない今でいうところの抗不安薬や麻酔薬をIV(静脈鎮静法)ではなく、特殊な呼気パラメータを分析して呼気と吸気、1秒率、%肺活量、血液ガスなどを測定して人工知能機械で配合されたエアガスのようなもので投与、麻酔チャートのようなものを自動的に紙に書いてくれる機械及び異変が生じたら速やかに対応できるマスクなどを使ってカイのバイタルは安定している。

しかし、ハルはまさか自分のいつものお守り替わりの歌声の主がなんの運命【さだめ】なのか、このような紆余曲折を経て出逢うことになるとはとびっくりしたものの、昔からなぜか深く知り合っているようなこの青年に不思議な感覚を覚えるのだった。
科学では立証できないこの不思議な感覚…

「あれっ…僕の常備薬が減ってない」

カイはポケットからの携帯袋を取り出して錠剤の数を確認し、首を傾げる。

「これはね。催奇形、うーん、簡単な言葉で言うとおなかの中の赤ちゃんが元気に産まれず体が変形してしまうものが副作用としてあるの。医学の日進月歩の勢いは凄まじいから、今は昔ほどではないけど。あと、肉体的にも精神的にも依存しちゃうっていう副作用とかあって別のお薬で治したから大丈夫。」

自分と同じくらいの女性なのにスラスラお医者さんの言葉がでてくるし、なんだか昔から知ってるようなこの不思議な感覚は何だろう。
ハルと同様、カイも心のうちでは渦巻いていた。しかもさっきの『夢』の最後にぼく、大好きな人とき…きっ…
ん―――。それはあとあと。平常心平常心。
というより僕はα、β、γ以外の人間に知られちゃいけない大物シンガーなんだよ?
それをうーーーーん見知らぬこの女性に僕の身元ばれたら…


「ほんとあなたの素敵な曲ね」
ハルはカイの読心するがごとく、部屋に流しているカイが歌う曲のシンプルな感想を言う。

「…あ、やっぱり、僕のことしってるっぽいよねキミ」

医者とはいえどこかあどけなさも残る女性に親近感が湧きすぎて『キミ』という言葉が飛び出してしまう。

「あ、失礼。ごめん…なさい…?かな」

そっぽを向いて小声でいう。人見知りはおそらく世界一の筈の自分はなぜかこの目の前の少女のような女に心を開くどころか全開の勢いの安心感に似たようなものを抱く。


ハルはそんなこと微塵も気にしないように言葉を紡ぐ。

「謝る必要ないよ。私は今25歳。さっきのお薬の話の続きというかおまけみたいな話だけど…私はもう7年くらいかな、すごくトラウマになることがあってからこういうお薬にはお世話になっているんだけど。まっ、悲観的に生きるんじゃなくて、自分に与えられたのは何か意味があるっていつもポジティブに考えようとしてるの。勿論その時は苦しいとかそういう次元を通り越してたけど、今はこうやってどうすれば私みたいに同じ悩みを抱えている人と一緒に安心して『生』を授かれるかなぁって純粋に思うの。こんなこと話したのあなたが初めてなんだけどね。あなたは世界一の音楽スターだしわたしは個人情報保護法と刑法の守秘義務は励行しているから大丈夫よ」

7年。その言葉を口に出すとき一瞬ハルの顔が歪んだのは気のせいだろうか。
7年前。ということは僕とこのハルという女性が18歳の時か…

彼女の顔をぼんやり眺めているとなんでこんなにも懐かしい感情に襲われるのだろう。
カイの本能で、目は思わずちらっとハルの唇と胸に目がいってしまう。

いやいや、俺だってもう25歳だし…
俺ってぼくらしくないや…何この感情

律儀にすいませんと心の中で合掌のポーズをする。

しかも…夢の中の言葉が喉まででかかってきてる。
それを全力の理性で止める。
変態だよ…どうしよ…女性なんか今まで興味なかった自分いや男も友達付き合いでかかわる程度で、ポメラニアンのまるがSSS内で変身した獅子と遊んで、ほんと女性をみても母さんの自殺で閉ざしていた心がこんなになんで揺らぐんだろう。
うん。この女性は初対面。…な筈なんだけど…

そんなもやもやするカイ。ハルは何もじもじしてるのかなぁと考え、
「もう少し休む?それともお腹減ったんじゃない?手料理ちょっと残ってるけど食べる元気ある?トイレはあっちだよ」
と声をかける。

「あ、じゃ腹減ってるし、飯食ってもいい?」

部屋の中は温かく、薄着の服でも…ん?

「あ…服これ…」
カイは真っ赤になって焦る。あれ…この緩いパジャマ姿に着替えてて僕の服じゃない…ということは…

「あぁ着替え?私の職業柄そんなの慣れっこだから!安心して!寒かったら上着あるし!あなたの呼び方カイ君でいいかな!」
とんとんとんとリズムよく居間のような実験室のような森のような不思議な空間にハルという女性は後姿で行く。

カイ『くん』。

体全身火照ってくる。なんだか、幼少期の頃…

そう、幼い頃の母さんといたあの頃みたいな…

不思議な女。だけど、ずっと夢で逢ってたような気もする。

だからそのハルの後ろ姿を眺めながらカイは心の中でこっそりつぶやく。

『ありがとう』

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