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第37話≪ソラの章⑤≫【lost-one】ー目には見えないものを軽視してはいけない大切さー

ぴちゃん ぴちゃん ぴちゃん
一つの雨粒。緑の葉に滴(したた)る雫。
集める。分離したものを統(す)べる。
みずたまり。池。湖。沼。
そこに流れというものを『波』で創る。
土砂は水流で砥石(といし)のように摩耗し、地層という年輪が堆積し、僕たちは下へ下へ行くほど過去を遡ることができる。
ただ一つの偶然がある偶然と出逢う確率。
一つの清流は濁流と混ざり合い、海になる。
海は連続し、大海になり、大海原を丹波の兎がカモメのように駆ける。
海は月と引かれ合い、そこから分岐する川も川の源も宇宙の引力にひかれあい地球に埋め込まれた巨大な磁石とともに揺らぐ。
僕たち動物は歩く水。歩く『波』。
コップに注がれた水がカラカラになれば、僕たちの感情という『波』は立たず、憂鬱になったり生きる活力を、エネルギーは枯渇する。
でもコップに水を少しずつためてゆく。
一円玉を10集めれば十円。十円を10集めれば百円。10の乗算の連続。
僕たちの調子のいい時悪い時はコップの水の水量の加減と波の立たせ方と同期する。
水が歩いている。『波』が歩いている。『海』と対話する。
いろんな『海』がこの世界には存在する。
いろんな名前の『波』が僕たちを育んだり殺す。

朝日が眩しい。
ソラは目の前の何処までもキラキラ宝石の粒を煌かせながら雄大な流れと生命の営みを育む四万十川の壮大な絶景に息をのむ。
ざっくっざく ざっくざく
川辺に降り行き大の字のように全身で呼吸する。

生きている。
生きているってこんなに素晴らしい…

野鳥の潺(さえずり)と森林の奏でる1/fのゆらぎの音楽。
僕の頭の中にプラハチェコ生誕の作曲家、ドボルザークの交響曲第9番『新世界より』のオーケストラが流れる。
荷物を置いていた場所から三脚と一眼レフを持ってその瞬間の時を切り撮る。
そういえば#(シャープ)がこんなこと言ってたっけ。

「短歌がその瞬間の情景を切り撮る『写真』ならば、長歌は連続した『映像』のようなものなんだよ」

それからソラは軍手をしてスコップで気になった場所を掘ってみたり、小型ルーペで観察する。
いろんな原子がくっついた重合体を波が摩耗しこれほどまでのミクロな粒にした。
この砂粒は幾億年の歴史が詰まっているんだ…

ソラはポケットから小さな透明のチャック付きの袋を取り出すと砂を少しだけ入れ、袋に油性マジックで四万十川流域、それから採取した日付を記す。

河原で熱心な少年の姿に興味をもったのか、地元の四万十川漁師がソラに声をかける。

「何がとれっちゃたねぇ?」

ソラは四万十川の漁師の存在に気付かなかったが声の方向に顔を向けて、元気よく挨拶する。

「おはようございます!おじさんは何をされているんですか?」

「こっちきてみぃ。」
漁師は笑顔でこっちおいでとソラに手招きする。

漁師は笹の束を束ねて仕掛けている伝統漁法の柴づけ漁の最中であった。

ソラは漁師の「ほれほれ、今日も鰻がとれたわい」という言葉とともに、青い桶の中の川エビや鰻、鮎のぴちぴちと活きの良さにびっくりして思わず「わぁぁ!!」と感嘆の声を上げる。

僕も手伝いましょうか?と漁師にソラは尋ねると、快諾してもらえたので自分も笹の束を束ねるところからまずチャレンジしてみる。笹の葉っぱで舟を作って川に流して遊んだことはあるけどこれはなんだかパンダやレッサーパンダの飼育員さんになったみたいだし、新鮮な体験だなぁ。ソラはなかなかできない経験にわくわくが止まらない。

正午前くらいだろうか、寒い季節でも汗をぬぐうソラの熱心な仕事ぶりに漁師は「地元の料理でも食べていきんさい」と天然物、無添加の食材で頂けるお店に案内してもらえることになった。
二階から四万十川が眺められ、とても贅沢である。

漁師のおかみさんだろうか、「まぁまぁ遠くからよぉきてくれたねぇ」と優しい笑い皺が目尻に彫刻された笑顔でソラに手料理をふるまってくれる。先ほど漁師の人と一緒に捕った川エビはから揚げにして丸ごと食べる。とても香ばしくて美味しい。
びっくり仰天なことに天然鰻重がおかみさんは運んできてくれた。養殖ものではない天然物の鰻重…
ちらっと店のお品書きの方に目線を配るとざっと4千円は下らないようだ。
慌てはためくソラの姿を「ええんよ。いっぱい食べていって」というご夫婦の姿をみて、自分の両親の昔の頃と重なり、ソラはなんだか泣きそうになる。
13年生きてきてこんなに豪華な食事を頂いたのは初めてかもしれない。

ソラはお金とか目で見える物ではなくて、もっとこの暖かい人と人の繋がりのようなものに心迫るものがあった。食事を一口一口噛みしめて味わうほど、優しさと温もりが舌を伝って感動の大波を押し寄せる。

ソラは小さく心の中で呟いた。

『ぼく、生きててよかった。産まれてきてよかった。』

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