小説×詩『藝術創造旋律の洪水』[chapter:≪ソラの章③≫【lost-one】― #と♭のコンチェルティ―ノ ―第23話]

「明日、というよりもう日付が変わってるから今日か。私、少しの間家から出ていく」

ソラは目をこすりながら建築家のお母さんが作った12星座のマークとルーン文字が刻まれ、そして12干支のイラストが描かれた木製の置き時計を見ると短針と長針はⅡとⅢの間を指している。

こんな夜更けでしかも丑三つ時なのに、SSSを通じて#が不穏なメッセージを送ってくるのは初めてだ。

パソコンの画面には液晶の向こうでブラインドタッチで素早くキーボードを打ちこむ#の存在。
#は言葉を続ける

「キミはさ、女らしさ、男らしさっていう言葉、どう思う?アンドロゲンの話はもういいから。さっきさ、私が男っぽいところが可愛らしくないとかお父さんに言われた。」

普段、家族のことなど一言も会話の種にしない#が珍しくしょんぼりしたような、はたまた怒り心頭なのか、家族喧嘩の鬱憤の捌け口を探している。
ソラは、寝ぼけた頭でパソコンの前の椅子に体育座りをして返信を打ち込む。
ジャンガリアンハムスターのふくは、ソラが佐渡ヶ島に社会科見学で行ってきたときに買ってきた、絶滅危惧種の鳥であるトキの小さな小さなミニチュアぬいぐるみを ひしっ と抱き締めながらいつも通りつきたての餅の如く爆睡している。

「女は愛嬌っていうだろ。キミは鋭角に尖りすぎだから、そのツンツンしたところをまぁるい放物線に変えてみたらいいと思うんだけどね。でもこれは僕一人の個人の感想だし、キミはキミの歩んでいきたい線路を、吊り橋を、陸橋を、階段を設計して工作を積み重ねて一つの家を、街を、国家を、そして世界を建築していけばいいんじゃないかな。
だけど正しい〝師″を探して必死に模倣することも良いことだとは思うんだ。“いいもの”にはどんどん心の眼を見開き、自分の中に沢山知恵袋を貯金しておいて、知的資産として生かしていく術も大事だと思う。
まぁ、でもキミの独立独歩なところは長所であり短所にもなりうる諸刃の剣なのだから、長所を磨き上げて短所をカバーするというのが人間の上手い生き方のひとつではないかなとは僕は思うよ。
よくある話だけど、例えば自分にはある病気とか障害があるとかも思い込まない方がいい。人間はそういうフレームの審判が下されると、途端に自分はその「枠」に嵌めてしまって変に安堵し、結果何もできなくなってしまうからね。何かの判断を下すとき、相手側がそれにのめり込みすぎて可能性を手放してしまうケースは山のようにあるから。
自分にはこういう気質、傾向がある。だからいいところはもっとめいいっぱい伸ばして、レーダーチャートで欠落している箇所を埋め合わせればいい。
バランスのとれたヒトを皆理想とするけど、ヒトは神でもないし人工知能ロボットでもないんだから。自分のことを棚に上げて無茶をいう人間が世の中多いもんだ」

長い返事をしっかり読んで咀嚼し消化しているのか沈黙の時間が流れる。
数分後、#が重い口を開き、一気に急き立てるようにしてボードに文字を打つ。

「短所も頑張れば、いくらでも修正可能だよね。でもどんなに努力しても難しい場合は長所をグンと飛躍させて短所をカバーしたらいいだけのお話だし、固着しないで流すスキルをもっと身に付けるべきかな。
でも心無いこといわれると傷つくのにどうしてわざわざそんな言動するかな。
なんだかその売り言葉に買い言葉だと埒があかないから、自分の部屋に閉じこもるかそんなの聴こえない場所に避難したらいいんじゃないかなって。
それにしてもうちの父さんはほんと頑固で保守的で意固地でデリカシーの欠片もないから、ストレスばかり募るよ」

「女の井戸端会議の方が面倒だと僕は思うよ。ありゃただの悪口大会で生産性はゼロだし、何が面白くてやってるのか男の僕はさっぱり理解できないよ。科学的には女はフラストレーションの値が高いほど悪口や攻撃的なマシンガントークで発散する生き物で、逆に男はストレスを感じると寡黙になるね。
男の脳にとってはガールズトーク程嫌気の指すものはない。脳は自分の発した言葉の主語を全て‘I‘と捉えて総動員するから、あれはストレス発散のつもりなんだけど、実は自分に対して言っちゃってるから益々自己嫌悪か何か知らないけど嫌な類の愚人に朽ちるわけさ。
だからキミのそのサバサバしてて、「意味のある」会話だけをするところ、僕にとってはかなり落ち着くんだけど。あと、信用は口から失うって言葉あるだろ?キミに本当に重要なことを言ってもきっと秘密にしてくれるだろうなって、ほかの人間には話せないことも打ち明けられるし。」

両手で頬杖ついて、僕の綴った返事にうんうんと首を縦にふって頷いている#の姿が見える。

「女は感情的な生き物で、男は論理的な生き物っていうものね。でも私決めたの。ちょっと故郷の空気を吸ってマイナスイオンを肌で感じて…それから…」

#の言葉はそこで途切れる

泣いている…
ソラは察する。
こういう時はそっと見守るのが一番だ。きっと#は体の中に溜まった毒をなにもかも出し切ってまっすぐで透き通る瞳の儘で居られたこどもの素の姿に帰りたいんだろう。

「無理しないようにね。気を付けていってくるんだよ。何かあったときのために充電機とか忘れずにね」
少し間があってから#からの返事が来る。

「ありがと…」

すると#はログアウトした。

ソラはふぅ…と息を吐くとパソコンの電源を切ってベッドに潜り込む。
そうか…今日は土曜日で僕も休日だ…僕も貯めたお小遣いでどこかに行こう。
そのままソラはゆっくり寝具に沈み込んでゆき、静かに寝息をたてる。
夜空では冬の大三角形がツキと一緒にソラを優しく見守ってひっそり輝いていた。

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