小説×詩『藝術創造旋律の洪水』[chapter:≪ユウカの章②≫ー戦場のメリークリスマス—第18話]

ボーーーッ ボーーーッ
‛ド’の音の汽笛を響かせながら大型客船が横を通りすぎる。
ユウカは潮風に揺られながら目を閉じ十字架のネックレスを握りしめ、「XXX」と唱える。
平和の祈りを捧げるアンジェランスの鐘の音と共にユウカの目の前に長方形の液晶映像がざざざと現れる。

〚聖母【マリア】の血を引くものよ。わたしを呼んだか〛

低い呻り声が画面から轟く。青白い魂の幽霊が幾つも揺ら揺ら此処と何処を彷徨っている。
画面には額に赤の文珠の紋章、ふさふさした尾を八つ持つ真っ白の巨大な雄の狐神が研ぎ澄まされた鋭い眼でぎらっとユウカを射止める。バックは軍艦島だ。かつて炭鉱の島と栄えていた端島であり世界遺産に登録されている。島影が戦艦‘土佐'に似ている事から名付けられ、1974年に閉山した無人島だ。朽ちた廃墟の建物がXXXの存在を更に神々しきモノとさせる。

「XXX、そちらの世界はどう?」

‘そちらの世界'とは巨大架空ゲームSSSだ。虚構の世界の筈なのに、ゲーム内で起こる不祥事が現実世界とリンクしているのに気付き始めているうちの一人であるユウカだ。


〚忌忌しきことがまた勃発している。ISに洗脳された子ども兵がマインドコントロールで自爆だ。子どもの肉片は飛び散り顔にへばり付いたものが取れず、まるで怨念の化身化した痣のようだ〛

「ロキの仕業かしら…」

ロキ。SSS内では闘う仲間の内輪で広がる災厄を齎す厭者と噂されている。姿形は人の化身だが、謎に包まれた悪魔とされている。‘ジャンヌダルク'を魔女狩りとして十字架に磔、轟音の炎に飲み込ませた金髪の青年だ。ロキがにぃっと不気味な笑顔をしながら、世界を搔きまわしていると思うとユウカは怒りのような熱い感情が胃からせり上がってくる。
ユウカはカバンからiPadを取り出すとニュース速報の記事をスクロールさせて素早く目を通していく。
『シリアで爆発事故。血に濡れた教会』
残酷な見出しに引き続き、テロと思しきニュースのテロップが魔が差したかのように新しく入る。
『アラッポで自爆少女、ミュンヘンのクリスマス街路に突っ込む。ISのテロか?』
SSS内で起こったことが翌日新聞やニュースで現実世界でリアルに再現されていくことにユウカはぎょっとしている。
そもそもISは何処からこのような大量のダイナマイトのような爆発物を仕入れているのだろうか?

「なんの罪もない子どもを捕え、マインドコントロールさせ、洗脳して自爆させるなんて人体実験ならずの生の兵器にするなんて…どうしてこんな酷いことを…今からそっちに行く」
きっとユウカは顔をあげて、ネックレスの十字架を掲げ、呪文を詠唱しようとするとXXXは首を横に振る。

〚お主は少し休まなければならない。顔がやつれ切っている。其方が倒れたらわたくしは心痛だ。ここはわたくしに任せなさい〛

ユウカはふっと全身の力を抜く。
「…気遣ってくれて有難う。」

XXXはゆっくり頷くと巨体をごおっと翻し、風のように一目散に彼の世に駆けていった。枯葉が舞い散ると映像はざざざとまた消え、何処までも青い平和な非日常の美しいビーチが広がる。もうすぐ福江港だ。

仕事が終わってからまだ何も食べていないユウカのお腹の虫が空腹の合図を鳴らす。ユウカはショルダーバッグからお気に入りの和三盆味のカステラを取り出し、一口齧る。舌触りの良いザラメ糖、南蛮卵、餅米水飴などの厳選された上品な味わいが口の中に優しく広がる。疲れているときは甘いもの。ユウカは幸せな顔を綻ばすと何処から乗り込んできたかわからないしっぽの曲がった黒猫の街猫が足にすり寄って来る。ユウカはしゃがんでカステラの欠片を手のひらにのせる。街猫は嬉しそうにユウカの掌の上のカステラをペロペロ賞味する。

黒猫は人間で例えると、芸術家、哲学者に例えられる。非常に賢く、物事をじっと深く考え、洞察力に優れる。欧米諸国では黒猫は縁起の良くない猫とされ忌み嫌われる風潮があったりするが、日本では金を齎す猫とされている。
そういえばSSS内では魔界というところで猫の姿をした魔女たちの猫会議あるのをふと思い出す。
猫は毛色でかなり性格や気質が異なる。
長崎には街猫と呼ばれる、地元の民や観光客に愛でられる尻尾曲がった所有者不明の猫が愛嬌を振りまいており、場を和ませてくれる。

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