趣味としての「数学作問コミュニティ」の現代小史(AMC2023)

第1章 はじめに

 こんにちは.さくら丸(@Sakura_maru_81)と申します.今回「Advent Math Calendar2023」という企画に参加し,記事を書かせていただくことになりました.note に限らずこのような記事を書くのは初めてですが,どうかよろしくお願いします!


第2章 テーマ

「数学作問コミュニティ」

 この記事では,趣味としての「数学作問コミュニティ」に着目をします.ここで言う「数学作問コミュニティ」(以下,本文中では「作コミュ」と略します)とは,「趣味としてお互いに数学の問題を作成して出題したり解いたりし合うような人の繋がり」を指すものとします.

作問を楽しくする「数学作問コミュニティ」

 私は,数学の作問が好きです.以前から細々と取り組んできたのですが,転機となったのが,昨年 OnlineMathContest(以下,OMCと呼びます) に参加したことです.面白い問題に刺激を受けたり自作問題に反応をもらえたり,自身の「作コミュ」が広がり,いっそう作問の楽しさを感じることができました.そんな「作コミュ」の存在が作問をもっと楽しくする,という気持ちで,この記事を書いていきます.

「数学作問コミュニティ」のトレンドを知る

 最近,OMC の開始やいくつかの大学での「作問サークル」の創設といった,新しい形での「作コミュ」が生まれています.これらは作問を楽しむ環境に刺激を与えています.この記事では,これらの新しい「作コミュ」の動向を整理し,今日の作問環境について語りたいと思います.

記事の構成

・第3章 私の「数学作問コミュニティ」体験
 自身の経験から,「作コミュ」が作問をどう楽しくしたか語ります.
・第4章 江戸時代の「数学作問コミュニティ」
 現代の話をする前に,数学の作問が流行していた江戸時代の「作コミュ」について,文献をもとに紹介します.
・第5章 現代の「数学作問コミュニティ」
 
オンラインの「作コミュ」や大学での「作問サークル」に着目して,私なりに「作コミュ」の現代小史を構成してみます.
・第6章 まとめ
 これまでの歴史を踏まえて,今日の作問環境の特徴を考察します.

第3章 私の「数学作問コミュニティ」体験

私と数学

 私は現在,仕事の傍らで趣味として数学を楽しんでいます.小中高時代は,競技科学のコンテストとの接点はほとんどありませんでしたが,算数や数学は好きでした.大学と大学院では,専攻や学びたい分野との関係で,大学以降の数学(やそれを用いた)の授業はほとんど受けませんでしたが,作問をしたり,友人と数学書を読んでみたりしていました.昨年からは OMC に挑戦しています.

私と作問

 小学 3, 4 年のときの担任は,児童がプリントの裏に自作の問題や「スクエアパズル」(10×10 のマス目にいくつかの数が書いてあって,その数の面積の長方形でマス目を覆うパズル)を書くと,クラスで紹介してくれる先生で,その頃から算数の作問にはまり出しましたと思います.6 年生のときは,中学入試風の作問にも挑戦していました(が,ほぼ自己完結していました).
 中高時代は,最も数学の作問をしていた時期かと思います.一部の友人とは互いに自作問題を出し合うこともしていて,小さいながら「作コミュ」として楽しかったです.
 大学以降は,作問は続けていましたが,実際の友人に問題を紹介する機会はほとんどありませんでした.当時 Twitter もしていましたが(現在の OMC のために使用しているアカウントとは別です),作問に関しては,自作問題の公開はほぼせず(してもほぼ反応がなく),むしろ情報収集に使うことがメインでした.

OMC との出会い

 私が OMC を知ったのは,Twitter で色々な人の自作問題を見ていたときでした(OMC 運営の「とりゐ」さんの自作問題を見ていたときの流れだった気がします).OMC のページで初めて色々な問題を見たとき「こんな世界があったのか」と衝撃でした.腕試ししてみたい気持ちと,いつか自作問題を出せたら嬉しい気持ちがあり,OMC に参加しました.
 OMC は,まさしく「作コミュ」の魅力が詰まった場だと思います.自作問題を何百人もの人に解いてもらいフィードバックを得ることができるのは,作問をするうえで大きなモチベーションになります.また,共同 Writer をすれば作問のプロセスから楽しさを共有できますし,対人の交流でなくても面白い問題から刺激を受けることも多々あります.作問に興味のある人がたくさんいるということを知れたこと自体,嬉しい発見でした.

第4章 江戸時代の「数学作問コミュニティ」

江戸時代に立ち寄る理由

 この記事では主に現代の「作コミュ」に焦点を当てますが,いったん江戸時代の「作コミュ」に目を向けてみます.江戸時代の「作コミュ」はそれ自体が非常に興味深いものですし,その時代を知ることは現代の「作コミュ」の理解に役立つはずです.

和算の興隆

 日本は,6, 7 世紀と 16 世紀末に中国の数学を,19 世紀には西洋の数学を受容しました.特に江戸時代まで,中国数学の流れを汲みつつ日本で発展した数学を「和算」と呼びます.
 日本で数学が著しく発展したのは江戸時代でした.そのきっかけは「塵劫記」(吉田光由,1627 年)の刊行でした.「塵劫記」は中国の数学書をもとにしたものですが,当時の日本の生活や広範な職業に対応した内容であり,より高度な内容も含まれ,江戸時代に最も広く読まれた数学書となりました.
 「塵劫記」の改訂版である「新編塵劫記」(吉田光由,1641 年)は「遺題継承」という新たな習慣を生みました.「新編塵劫記」には解法が載っていない問題も掲載されていて,その解答を記した書物が複数刊行されました.これらの書物での新たに問題が提出され,別の書物で解答されていく遺題継承の習慣は,実用を離れた数学の発展に大いに寄与しました.

江戸時代の「数学作問コミュニティ」

 江戸時代に数学に関わる人は 3 つに大別できたと言います.第一に,初等的,日用的な数学を家庭や寺子屋で学ぶ人,第二に,「流派」を形成して数学を教授したり専門書を書いたりする師匠クラスの人,第三に,師匠に入門して趣味としての数学を嗜む人です.
 趣味で数学を楽しむ人は,問題を作成し互いに出題し合うことが一般的でした.例えば「至誠賛化流」という流派では,問題を作ると特定の人を指名するか全員に問題を提示して問題や解答を批評し合うことで,数学を楽しみ切磋琢磨していたと言います.また,問題や解答を絵馬に記して神社仏閣に奉納し掲額する「算額」という風習も江戸時代には流行しました.
 趣味としての数学が流行した背景には,和算が(西洋数学で見られるように)物理学など他の数理科学と結びつかない形で発展したことがあります.遺題継承によって,日常とは離れたレベルの問題,特に平面幾何を中心とする問題が広がると,数学の応用よりも数学そのものへの関心が高まりました.

参考文献
1. 小川束(2021)「和算-江戸の数学文化-」中央公論新社
2. 小川束(2023)「日本における数学文化」数学文化,No. 39,pp. 15-26

第5章 現代の「数学作問コミュニティ」

着眼点

 インターネットの広がりとともに,新たな形の「作コミュ」が生まれました.ここでは,オンライン上の「作コミュ」の新しい動きに着目します.また,複数の大学で新たに設立されている「作問サークル」など,最近の興味深い展開についても注目します.(私が把握している断片的な情報に基づき記述をします.不十分な点など,お気軽にご意見ご指摘をください.)

インターネット掲示板

 2001 年 9 月に「5 ちゃんねる」(旧 2 ちゃんねる,1999 年サービス開始)上に「★東大入試作問者になったつもりのスレ★」が開設されました.このスレッドでは,参加者は匿名で東京大学の数学の入試問題を模した出題とそれに対する解答を行っていました.スレッドは,後続のものも含めると 10 年以上にわたって継続しました.

Twitter

 Twitter(現 X,2008 年日本語サービス提供開始)は,今日に至るまで,自作問題を共有する重要なプラットフォームになっています.
 Twitter を遡ると,遅くとも 2010, 2011 年には,個人で自作問題を投稿する人も現れています.「数学問題bot」(@mathematics_bot)は大学入試レベルの数学の問題を投稿する bot として 2009 年 12 月に開設され,2010 年 10 月から自作問題を募集して公開する試みを始めています.
 図1 は,数学関連でハッシュタグ「#自作問題」という呟きの件数の各年の推移を表したものです.調べるキーワードによって推移が異なることに注意が必要ですが,2017 年頃から急増している様子がわかります.あくまで推測ですが,2020 年にピークがあるのは,緊急事態宣言により時間ができた中高生や大学生の投稿が増えたからかもしれません.また,その後の減少傾向は,学校の再開とともに問題を共有するプラットフォームが多様化した結果かもしれません.

図1. 数学関連で「#自作問題」の呟きの件数(縦:件数,横:年)※2023 年は 11 月まで

OnlineMathContest(OMC)

 OMC(2020 年 3 月サービス開始)は,競技数学のコンテストを手軽に楽しめるオンラインサービスです.現時点で約 200 回ものコンテストを実施しています.問題は参加者から募集していて,採用された問題は何百人もの人に解いてもらうことができますし,コンテスト後に Twitter でコメントをもらうこともできます.OMC の参加者同士のコラボで新たなコンテストやイベントが生まれることもあり,まさに「作コミュ」の大きな核となっています.より詳しくは locker さんの記事「OMCのすゝめ」をご覧ください.

ポロロッカ

 ポロロッカ(2020 年 6 月サービス開始)は,数学に加えてクイズやパズルなど自作問題を共有し,解答することができるオンラインプラットフォームです.先月末時点ですでに 484 件の数学の問題が出題されています.

作問サークル

 「京大数学作問サークル」が 2018 年 5 月に設立されたことを皮切りに,「作問サークル」は現時点で少なくとも 13 の大学(北大,室工大,東北大,東大,東工大,慶應大,早稲田大,横国大,名大,名工大,京大,阪大,大阪公大)に広がり,1 つのムーブメントとなりつつあります.各サークルは,数学の問題を作成して,部誌や模試・コンテストの作成などに取り組んでいます.

第6章 まとめ

「数学作問コミュニティ」の現在とこれから

 2000 年代以降,オンライン上の「作コミュ」や各大学の「作問サークル」の登場により,作問を楽しむ仲間が可視化され見つけやすくなりました.小さく分散して孤立していた「作コミュ」が繋がり,より大きく活動的なコミュニティを築きつつあります.仲間との出会いは,作問をますます楽しいものにするに違いありません.
 私自身,創造的で楽しい活動として作問を続けたいですし,皆さんの作問も楽しみたいと思います.一緒に「数学作問コミュニティ」を盛り上げていきましょう.これからもよろしくお願いします!

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