見出し画像

おとといフライデーの完結

 誰かと何かをやり切ったことなんてなかった。目標をたてて達成に向かっていくのも、1人でやる方がずっと気楽だし性に合っている。ずっとそう思ってた。でも私はこじちゃんと10年ものあいだ一緒に、とある目標に向かって二人三脚でやってきた。私にとって奇跡に近いことだったと思う。やり切った、と思う。

 最初に結成したのは2013年だからちょうど10年前になる。私がデビューしてしばらくした頃に、小島みなみちゃんとユニットを組まないかと事務所から提案された。その時はこじちゃん(小島みなみちゃんのことをそう呼んでいる)は半年くらい私よりも先輩で、私とは真逆の存在としての認識をしていた。声が低い私と比べて、こじちゃんは女の子を煮詰めたような甘くて高い発声で、身長が高くてしっかりとした体格と言われがちな私とは違って、10センチ以上も離れた華奢な骨格。そして「ロリッぽい」という言葉に落とし込まれることが多かった私とは違って、端正な顔立ちでどの角度から見ても絵になる洗練された美人。それがこじちゃんだった。
 要するにアイドルっぽいこじちゃんと、アイドルっぽくない私。全て真反対の性質を持つ彼女との組み合わせには凄く腑に落ちる部分があった。
 当初、デビューした頃のユニット名はおとといフライデーではなく「乙女フラペチーノ」だった。後々、この名前の中にある「フラペチーノ」がスタバの商標登録に該当すると告げられた。そのことを運営さんをはじめ、私たちは全く知らなかった。海外のスタバから直接お咎めをされたことでびびりまくり、少し経ってから改名することにした。(こじちゃんと私は浮かれていて「スタバに発見されるなんてすごーい!」とポジティブに喜んだけど実際は大分ヤバかったらしい)
 そこで改めて、トリプルファイヤーの吉田さんが名付けてくださったのが「おとといフライデー」だった。明日を迎えるのが憂鬱な日曜日。おとといの金曜日はあんなにも心が晴れたのに。そんな気持ちの高揚と、金曜日があっという間に終わってしまう儚さ、そんな意味合いも込められていた。そして乙女フラペチーノは略すると「おとフラ」だから、同じ略になる別の名前として考えてくださったのだ。今こうして聞いても、本当に素敵なユニット名だと思う。

 10年ともなると、私たちの性格もまた少しずつ変わる。私の尖っていた神経も丸まって、昂っていた野心はゆるやかに下降した。振り返るとあの頃はかなりの感情の起伏が生じていた。
 実はこじちゃんとは衝突しあった時期もあった。それは単に、あまりにもこじちゃんが私には手に入らない可愛さを持っていて、純粋に私が嫉妬していたっていうのも大いにあるけれど、お互いの性格のズレも大きかった。「ここだけは留意してほしい」というポイントがかなり異なっていて、そんな最中に起きた喧嘩もあった。わざわざ喧嘩したことを言わなくても、と読んでいる人は思うかもしれないけど、私は今のこじちゃんとの仲の良さに繋がった大事な時期として、過去を振り返りながら思う。それに、気を遣う箇所や許せないポイントがそれぞれに違うというのは対人関係を築くにあたって当たり前なことで、特に私たちはまだデビューしたばかりの新人時代だった。わざわざ言うことではないかもしれないけれど、女の子が集まれば絶対にわだかまりが起きるという定説が私の中には強くあって(女子校時代に痛感したことでもある)特に10代から20代にかけてのあの時期の私は、途轍もなく神経をピリつかせていた。だから、不満を溜め込み続けた結果大きな亀裂を産むより、お互いに嫌なところを伝え合った上できちんと和解をしよう、という機会が与えられた。7年ほど前のことだ。
 実はこの話し合いが大きな転機となり、私はこじちゃんを強くリスペクトするようになった。何もかも話すわけにはいかないけれど、例えばこじちゃんから言われたいくつかの指摘の中で覚えているのが、「まなちゃんは控え室にくるとすぐに荷物をバーンって広げるけど、他の人が座れなくなるしそこは気遣いに欠けてると思うよ」といったもので、ハッとした。そんな自覚なんてなかったから、ごめん、と素直に謝った。そしてこじちゃんが嫌だと感じるポイントがどこなのか、話し合いの中で掴めたことにも感謝した。
 私もこじちゃんの動作の中で、気になる点をいくつかあげた。すごくフェアな時間だった。腹を割って話してみると、私が気にしていること、こじちゃんが気にしていることはやはり全然違っていて、だからこそそれぞれのパーソナリティを深くお知らせしあったような機会になった。お互いに涙したり感情が乱れたりということもあったけど、一言も発さないくらい(移動中の車とか無言だった)ギクシャクとした時期もあった中で、その後の自分たちの行動の中に別の意識が傾くようになって、いつの間にか少しずつ関係が良好になっていた。そんな思い出がある。
 むしろ今では、あの頃には思いもつかなかったことだけど、お互いに嫌だと感じる点が一致し始めて、何か発言する時に言葉がシンクロし合うこともよくある。人間って不思議だ。

 今のこじちゃんとの関係を示す言葉として一番適切なのは、戦友、かもしれない。大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、私はかなり自分を曝け出したし、こじちゃんも懸命に向き合って自分を出してくれたと思う。「嫌だ」と思って人から離れることは簡単だけど、私とこじちゃんはその嫌悪感の最中に身を置きながらも、とことん向き合った、そんなふうに思う。今の楽屋では笑い声が飛び交って、私はこじちゃんと会うことも、こじちゃんとの会話も楽しくて仕方がない。気持ち悪いかもしれないけど、こじちゃんがしょげてたらぎゅっとしてあげたくなる(気持ち悪がられるからやらないけど)

 昨日、おとフラの完結を告げた。
 楽屋裏で私たちはすごく緊張をしながらカンペを作っていた。私たちはカンペがないと自信が持てない。曲のセトリ、何回か挟まれるMCで何を伝えるかまで、実は書いている。告知に漏れがあったら困るから、と念の為に記しておくものであるけれど、そこに私たちの感情を載せて話す。チラ見している様子は周りに筒抜けだけど、それを許してくれるあたたかい空気感にとことんいつも甘えさせてもらっている。そして昨日は大事な完結という節目をみんなに伝えるためにどの言葉を用いるべきか、小土井さん、我妻さん、こじちゃん、私で散々話し合った。
 完結を決めたのは去年。デビューした頃の乙女フラペチーノ時代はカヴァー曲をやっていて、最初の衣装もドンキで仕入れたものだった。手探りをしながら、ユニットという形をなぞっている時期だった。数年が経ったのち、今のおとフラの運営チームと出会った。カヴァー曲だけでやっていた私たちを小土井さんと我妻さんが拾ってくれる形で、「ちょっと前衛的」というキャッチフレーズで、私たちは新しいユニットとして再スタートした。
 毎年1曲、もしくは2曲のリリースという頻度はアイドルの中では珍しくて、寧ろ「大御所歌手みたいだね」と揶揄されるくらいには少なくて、それでも曲は全部スペシャルに素敵だった。私たちは1曲ずつ丁寧に愛でるようにみんなの前で歌ってきた。
 10年でようやく自分たちの曲が10曲もてた、という達成感は私たちの中で大きかった。とても時間がかかったけれど、無理も負担もないペースでゆるりと活動を続けることを許してくれた小土井さん、我妻さんのおかげで、のびのびとライブをすることもできた。

 私たちが活動を始めてから初めて掲げた目標が『アルバムを作る』ことだった。それはアルバムを作れるほどに楽曲数がたまったら、これだけ少ないリリースの頻度で達成することができたら、おとフラが築き上げたものを最大限に形にできるってことだよね、という感覚から発生したものだ。目標として据え始めてから、アルバムを作る日が楽しみになった。
 今回の「おとといフライデーの活動の終了」もその目標に伴ったもので、私たちの中では一番しっくりくる区切りだった。そのことは2人で決めたし、どちらかが本業の方を引退するかとか、そういうことでは全くない。今が去り際のベストだという直感は同じように2人の中にあったのだと思う。
 昨日、本番直前になってこじちゃんが涙ぐんだ。こじちゃんとはいつも、「本番直前はそこまで緊張しないけどさあ、舞台に立った途端に緊張するよね」とよく笑いながら話していて、それだけの気持ちの余裕がこれまでにはあった。私は涙ぐんでいるこじちゃんの背をぎこちなく撫でながら、その小さくて華奢な肩に触れながら、ようやく、完結への歩みを始めたんだ、と痛いほど胸が締め付けられて一緒に泣きそうになった。私たちがそのことを告げた時、みんなは何を思うだろう?ずっと昔から応援してくれていたファンの人、本業のことは知らずにおとフラだからと応援してくれてきた人、音楽をやっている私たちが好きだとライブに足を運んでくれている人。驚いた目、なんとなくわかっていたという頷き、悲しくて伏せられる顔。いろんな場面が頭の中に立ち上がって、私たちは一緒に震えながら舞台袖に構えていた。
 昨日、一番歌い慣れているはずの『私ほとんどスカイフィッシュ』の披露中、私のターンでこじちゃんと向き合いながら歌っている時、なぜか歌詞がポーンと飛んだ感覚があって、だけれど不思議と口は言葉を象っていた。猛烈な不安が込み上げてきて、それが表情に出てしまっていた。目が合ったこじちゃんが、私に気づいてくれた。すかさず私が歌っている歌詞を一緒にリップしてくれた。まなちゃん合ってるよ、それでいいんだよ、大丈夫だよ。そう励まされた感じがして、すごくすごくホッとした。やっぱりこじちゃんと2人でやってきてよかった、私はこじちゃんがいないとダメなんだ、と痛感して、泣きそうになって堪えた。肝心の発表の時には2人で文言を噛んでしまったけど、みんなが笑ってくれて、その笑いの中に「いいよ、わかってるよ」と受け止めてくれる優しい含みと、「え〜寂しいよ!」と飛び交う大きな一言一言にも私たちを責めないあたたかさが込められていて、こんな一方的な完結宣言なのに、本当に気持ちが救われたように感じた。ありがとう、本当にありがとう。

 いろいろなところでライブをさせてもらった。様々なフェスにもお邪魔したし、ワンマンライブもしたし、サンリオピューロランドとか台湾のフェスに行ったこともある。(懐かしい)どこに行くにもデビューした時のような心持ちで挑む私たちは、暗転の音楽が控え室で聞こえる時、足を震わせる。こじちゃんもきっとドキドキしていて、でもみんなの声援の逞しさにしっかりと地面に着地することができている。
 私の話でいうと、昔から歌を歌うことは好きだったけど上手ではない。人並みに歌える、と言っていいのかもわからないくらいのレベルだ。音とリズムは掴めるけど、人が聞き入るほど上手いわけでは決してない。
 これはおとといフライデーというユニットの特性でもあるけど、私たちは地声で話すような調子で歌っている。こじちゃんの甘くて柔らかい声も、いつも「まなちゃーん!」って話しかけてくれている声と似ている。それにまず、曲がとてもよくて、それは私たちが作ったものではないけど、その曲の良さに誇りを持っている。私たちにできることは、背伸びをすることでもそれっぽく歌を歌うことでもなくて、その曲の良さを伝えたい、という目的にどんどん変わっていった。「神曲でしょ?」とシェアしたいのだ。みんなが「いいよねえおとフラの曲って」と言ってくれると心から嬉しい。曲を伝える大使みたい、そう思う。

01. 私ほとんどスカイフィッシュ[作詞:吉田靖直(トリプルファイヤー) / 作曲:鳥居真道(トリプルファイヤー)]

02. 乙女の炎上[作詞・作曲:マキタスポーツ]

03. もしやこいつはロマンチックのしっぽ[作詞・作曲:柴田聡子]

04. いいビーサン[作詞・作曲:アイン(NATSUMEN)]

05. 東京[作詞:大橋裕之 / 作曲:鳥居真道(トリプルファイヤー)]

06. ウォーシャンハニー[作詞・作曲:アイン(NATSUMEN)]

07. スプリングフィーバー[作詞・作曲:Enjoy Music Club]

08. ENIGMA[作詞・作曲:浅見北斗(Have a Nice Day!)]

09. レモンキャンディー[作詞:今泉力哉 / 作曲:パソコン音楽クラブ]

10.幽霊部員[作詞:YUI(バクバクドキン) / 作曲:The Anticipation ILLICIT TSUBOI&YUI(バクバクドキン)]

 今回、これ等の曲が全て詰め込まれたアルバムが制作される。

 運営である小土井さんと我妻さん、マネージャーと私とこじちゃん、という小規模ながらも手作り感満載でここまでやってきた。「集大成となるアルバムを作ること」は、いつの日からかおとフラの目標として設定されていたと話したけど、活動ができない期間もあった。本業にかまけておとフラの活動を怠っていた訳では全くなくて、でもコロナを挟んで、曲を披露する機会は年々少なくなっていた。

 改めて曲の一覧を眺めると、10年で10曲、それがアルバムになるというのは時間がかかりすぎたのかもしれない。こじちゃんが「ファーストにしてベストだね」と言っていたけれどまさしくそうで、これまでの1曲1曲への想いはとても強くて、全てが音とともに煌めいていて、宝箱のようなアルバムになることは確信している。そしてそれは現在制作中だ。

「集大成のアルバム」という区切りが私たちの最初のゴールだったから、ある意味で走り切った。「リリース頻度も少ないし続ければいいじゃん、別に終了しなくても」という声があると心からありがたく思うけど、私たちはやっぱり、おとといフライデーが目指していたものを10年かけて手に入れた「今」が、適切な区切りになっていると、そう強く感じる。

 クラファンを始めて、できることの幅が広がることもまた一つの楽しみになってきている。これまで経験したことのないライブ会場で歌えること、ライブのスタイルが変わること、決まっているアルバムがもっと素敵なものに作り上げられていくこと。そしておとフラが誰かの目や耳に触れて、その記憶に残るきっかけが1人でも多くどうかおとずれますように。その全てを願ってのスタートがクラファンだった。

 来年の3月9日に卒業ライブが決まっている。「サンキュー!」で締めるのは私たちらしいよね、と打ち合わせでみんなと話しながら微笑んだ。「サンキュー!」って最後に、軽快に言ってみたいよね、とも。
 ここから綴る言葉は、周りの人からすればありきたりな感謝に聞こえるかもしれない。けど、実際はありきたりじゃない。だから言う。私1人では決してできないと思っていたことを叶えさせてくれたのは、小土井さん、我妻さん、サポートしてくれたマネージャーさん達、曲を作ってくださったアーティストさんたち、そしてこじちゃんだった。
 一緒にやってきた、こじちゃん。あなたのおかげで私は、知らなかったことをたくさん知り得たよ。本当にそう思う。人が隣で熱量を発すること。視界の端に捉えるこじちゃんの煌めき。可愛くて綺麗でたまに嫌になるくらい魅力的。私たちが笑顔になると連動するように笑顔になってくれるライブハウス内。ピンクと緑のサイリウム。時折赤が差し込まれて『ENIGMA』の突入を目でも感じる。定着した合いの手、コロナを挟んだことによって散ってしまった合いの手。「こじちゃーーん!」って言う声。「まなてぃーーー!」っていう声。汗が額に滲んでも、顔にまで流れてこないこじちゃん。対して、目に汗が入って視界が朧げになる私。『わたしほとんどスカイフィッシュ』で向かい合う振り付けの時、「まなちゃんなんでそんなに汗かくの?」ってこじちゃん、いつも驚いた顔するよね。私、あの目を少し見開きつつ笑いを堪えてるこじちゃんの表情が大好きだよ。
 振りを間違えてしまっても、「こういう非対称な振り付けなんだって思ってもらえるから大丈夫だよ!」なんて甘々すぎる励ましを控え室でしたのに、お互い間違えると盛大に表情にだすよね。「やっちまった!」って顔、露骨にしちゃうよね。ベタに舌まで出ちゃいそうな勢いで。

 卒業までにこれから決まっているのは1月と2月のライブ、それからクラファンのリターンイベント。ちなみに、クラファンに『おとフラの写真集』と『おとフラ完結までのドキュメンタリー映画』のプランが昨日追加されました。(告知になってしまいすみません)そしてこれは今日から応募が開始されます。チェックしてもらえたら、とても嬉しいな。

 まだまだ会える機会はたくさんあるから、その期間をみんなと一緒に全力で駆け抜けたい、と強く思っている。そして、このnoteで私たちのやっているユニットを初めて知った人、知ってはいたけどライブには来たことが無い人、もしそんな方がいらしたら、是非是非会場に来て欲しいです。最後の輝きを、目撃してくれたら本当に嬉しいです。

 そして、昨日のライブに来てくださった皆様、本当にありがとうございました。あのあとは無事に家に着けましたか?どうか良いお年を迎えてください。そして来年もおとフラを、どうかよろしくお願いします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?