見出し画像

「誰かのために…!」東日本大震災と自衛隊

(桜林美佐氏『夕刊フジ』「誰かのために 東日本大震災と自衛隊」より抜粋)
画像は管理人

 目をつむると、目の当たりにした遺体の残像が浮かんでくる。(…)
 つらかった光景、ひどく悲しかったことなど、黙々と作業をし続けたその日の全てのことを声にして吐き出し、そして泣く。やがて、明日も任務を精一杯やろうと誓い合って、一日を終えるのである。

┃福島原発所長が涙した言葉

 福島第1原発対処をめぐって、陸上自衛隊隊員の問では、ちょっとしたモメ事が起きた。
 「ダメです班長!」
 通常、消防車は3人で乗り込むが、いざ突っ込むことになったとき、被曝量を最小限にするために2人で突入することになったのだ。
 「オレが行く」という班長に、あとの若い2入が語気を強めて言った、
 「独身者の自分たちが行きます。何かあったら奥さんに合わせる顔がありません!」

新婚の班長に対し、初めて意見を具申した。
 「独身は将来があるんだから行くな」

そう家族持ちが言えば、
「家族持ちこそ、守るべき人がいるんだから行っちゃいけない」と反論する。そんなやり取りが繰り返された。
 そのうちに、「もう希望をとるのはやめてください
『行け!』と言ってください」と多くの隊員が言い出した。

┃前方に浮遊物!ご遺体と思われる

 「妊婦さんのご遺体を収容したんです。かわいそうで……」
その若い海上自衛隊隊員は、ショックを隠せず、ずっとそのことを口にしては声を詰まらせた。
 ランドセルを背負ったままの子供の遺体を発見して、涙が止まらない隊員もいた。

 「ぶんご」艦上には多い時で7柱の遺体が安置された。隊員が手作りで設置した祭壇に線香がたかれ、果物やご飯が供えられる。その後、ヘリコプターで遺体安置所に運ばれるが、ヘリが飛び立つときは、全員が甲板に集まり、敬礼して見送った。

 それから数カ月が経ち、妻と息子との久しぶりの団欒で杯を交わしながら、「もし、実家が津波に流されていたら」どうしたか話題になった。

 「きっと、陸幕長に嘘を言って仕事を続けていただろうな……」
 遠慮がちに心中を打ち明けると、そんなこと言わなくても分かってる、そう言いたげに家族は頷いていたという。

 幕僚として、部隊指揮官として、泥まみれになって活動する隊員として………あらゆる立場での任務を全うした災害派遭だった。そして、覚悟を決めているのは、自衛官本人だけではない。妻も子も親も、意識は少しも劣らないのだ。
 あえて言葉にしなくても、自衛隊と彼らを支える家族や企業に「誰かのために」という思いが息づいている。私は、そういうことをごく自然にできるみんなのことを、心からカッコイイと思った。

自衛隊こそが日本を守る。

出アメリカ!