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アドレスホッパー道(序)

初めまして。さくひとです。私は香川の片田舎から上京してきた生粋のるーらるがーる(?)ですが、最近ファッションや美容に興味を持ち始め、してぃがーるに覚醒しつつあります。とか言いつつ今は香川にいます。とりあえず、今回は私がnoteを始めようと思ったきっかけとなる出来事について話したいと思います。

時は遡り2年とちょっと前、私は東京大学進学を目指して受験勉強をする高校生でした。割と無謀なチャレンジだったので前期が終わったあとも脇目を振らず後期の勉強をし、二次試験の会場でもらった封筒などもう二度と見ることがないように鞄の奥底へ封印していました。その中に「東京大学 女子学生向けの住まい支援」についての紙が入ってたら気づきませんよね。

自信のないテストほど結果は良いというもので(?)東京大学文科三類に合格していた私はその喜びに浸る暇もなく2年間毎月2万円の家賃補助を逃し、母親にこれでもかってくらい怒られました。しかしやはり遠くの地で一人暮らしを始める娘が心配だったのでしょう、食事付きの女子専用学生ドミトリーに入寮させてくれました。ここの家賃と共益費を合わせた額がまあ高い高い。どれくらい高いかって「え?もしかして港区のタワマン借りてます?」ってくらい高い。(嘘)

それなのに、COVID-19のおかげで2020年の3月中旬に香川に呼び戻され、結局東京に戻ったのは10月。半年以上その高い家賃を無駄に(食べてない食費含め)親に払わせ続けたことへの申し訳なさがピークに達した私は年度末にそのドミトリーを退去することを決めます。ナイスジャッジ!いいよ!その調子!問題はこの後です。

私は極度の人見知り且つめんどくさがり屋で、初めての場所(不動産屋さん)に行くのが怖い&ネットは量が膨大すぎてめんどくさいという最底辺のクズニートでした。「学校の授業もゼミもオンラインだし新年度はしばらく香川に帰るんだ!」と宣言し、家を探すことを諦めます。ここで頭の悪い私は何を根拠にか、「3月20日が退去日だけど、4月2日に対面でガイダンスがある。家なくても生きられるよな、、、?」という思考に至ります。悲劇(?)はここから始まるのです。

続く

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