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『本を押し付けてくる老人がいたんですよ』

 習字教室に通い始めた典子が仏頂面の富澤老人の隣に座ったのは、その席だけがポカンと空いていたからだった。公民館で開かれている、水曜午後の教室だ。時間のせいか、教室に集っていたのは典子より上の年配女性ばかりで、中でも富澤老人は唯一の男性だった。 

 最初の日、案内にあった通り手ぶらで行った典子には、教材として新品のの筆が渡された。ノリでコチコチに固められたままのそれは使えないので、その日は代わりに先生が貸してくれた筆と墨を使い、典子は何十年ぶりかで半紙に「一」の字をいくつも書いた。

 書き始めてしばらくすると、隣で立派な草書体の文字を書いていた富澤老人が、「新しい筆の下ろし方はわかるかね」と低い声で訊いてきた。典子はネットで調べるつもりだったから「はい、たぶん、大丈夫です」と答えたのだが、富澤老人は「来週までに使いよくしてきてあげるから」と言って、さっさと典子の筆を自分の、黒い幌布でできたトートバッグの中に入れてしまった。

 次の水曜日、富澤老人がほぐしてきてくれた筆で典子が「十」の字を書いていると、横から「この墨汁の方がいい」と、老人は半ば勝手に典子の硯に墨を足し、次の水曜には新しい墨汁を買ってきて典子にくれた。代金を払おうと聞いても教えてくれなかった。

 その後も、よい半紙だの筆巻きだの、毎週のように富澤老人は典子のために何かしら習字道具を持って来ては、仏頂面で押し付けてきた。お礼を言っても「よいよい」という感じにシワだらけの手のを振るだけだ。それ以外には話もしない。何かお返しをしなくてはと思うが、何がいいのか思いつかず、なんとも居心地が悪い。

 休憩時間にトイレに行った時、手洗いで一緒になった会員のおばあさんが、「若い人が入って、富澤さん嬉しそう」と言った。若いと言ったって40だけどと思いながら、この際なので典子は「いつも富澤さんにいろいろよくしてもらうんですけど、いいんでしょうか」と尋ねてみたのだが、「あの人は、元は有名な会社の重役だったお偉い方なのよ、ほほほほ」と、何の参考にもならないことを言うだけでそそくさと行ってしまった。

 どうやら皆に煙たがれているらしい。
 それは富澤氏が? それとも新入りの私が? ……と典子は不安になった。習字なんかやめちゃおうか、とも思う。

 ある時、富澤老人はカバンの中から文庫本を取り出すと、「読みやすくて面白かったからどうぞ」と典子の前に置いた。習字には関係しない初の攻撃だった。本の帯には「感動」とか「涙」とか「親子愛」という文字が踊っている。一見して苦手なタイプだったので咄嗟に「結構です」と典子は断ったが、富澤老人は「差し上げるから、読める時に読めばよい。本当に面白いのだから」と無理やりに押し付けてきた。これにはさすがに困った。

 もらっておいて読まないと、感想を聞かれたときに面倒だ。読まない本を持っているのもいやだ。色々考えてどうしても持ち帰りたくなかった典子は、すきを見てその文庫本を、富澤老人のトートバッグの中にこっそりと戻して、知らん顔で帰ってしまった。

 その次の週、何か言われるかと典子が内心ドキドキしていると、老人は、「いやはや、面白い本だから差し上げると言っておいて、うっかり持ち帰ってしまいました」と言って、改めて典子に文庫本を押し付けた。それならばもう一度と、典子はまた老人のバッグにその本を戻した。

 三度目、さすがに返されていることに気づいているだろうなと、隣りに座った富澤老人の気配に身構えていると、老人はバッグから出した文庫本を手に典子の方を向き、

「なぜこの本は何度も私のところに戻ってくるのだろうねえ」

と言った。てっきり怒っていると思ったらその声が穏やかだったので、「戻ってきちゃうなんて、ほんと、面白い本ですね」と、調子に乗って典子は返した。すると老人は、「そうそう。だからあなたに言ったでしょう。これは面白い本なんですよ」と言って、自分のその台詞に満足したようにニヤニヤと頬を緩めた。

 そうして本を自分のバッグに戻すと、「いやいやいやいや、まったく、なんだね、あなたは面白いことするね」とヒクヒク笑う。何がそんなに受けたのやら典子には分からないが、それ以来、仏頂面だった富澤老人は、ただのおしゃべりな爺さんになった。

 それはそれで相手をするのが面倒ではあるけれど、なんとなく周りのおばあさん達も気安く富沢老人と話せるようになったみたいだし、まあ、物を押し付けられるよりずっといい。……と典子は思っている。今のところは。