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安全ベルトがはずれたら

<現場監督>
20mは優にある杉・檜の枝打ち作業はスリルに富んでいる。腹筋、背筋が弱っている上に、体重が86キロもある私にとって、足を踏み外した場合、安全ベルトで宙吊りの状態になると思うのだが、その安全ベルトが腹に食い込んで、幹にしがみついてもそこに都合よく枝があれば何とかなるが、そうでない場合には体勢を立て直すのに相当苦労すると思われた。従って日本アルプスの危険な岩場を歩くくらいの慎重さを要する。この緊張感が日頃のストレス解消になったと思われる。無事に地上に降りた時の解放感が素晴らしかった。

精神を正常に保つ為には緊張と弛緩の双方が必要なのだと自分自身に屁理屈を言いながら、上がったり下がったりしたものである。その姿を見ていた元大台法務局長は「大きな猿みたい」と監督補佐に言ったらしい。肥満体の私の木登りは余程格好が悪かったようだ。

切り落とす必要のある枝はたいして多くなかったこともあり、後は必要に応じて切るということにして、初期の枝打ち作業は道路沿いの10本くらいで終了した。

私より10歳も20歳も年上の村の年寄りが軽々と木に登り、ほぼ1日中枝打ち作業をしている。90歳を過ぎても元気な村人が多いのは、こうした山林労務が健康を維持する効果の大きいことを示している。斜め向かいの杉林に2人組で来ては1日中のんびりと話をしながら作業し、大体午後4時頃には帰って行く。何だか、とてもいい人生を送っているように思われた。田舎には田舎の良さがある。都会生活と田舎生活の両方の良さをうまく取り入れるという二重生活こそが、これからのサラリーマンが目指すべきものではあるまいか。

<監督補佐>

監督は見かけより遥かに敏捷で、高い木の枝を落とさないといけない時は木に立て掛けた長いハシゴのてっぺんから更に上の枝によじ登り、そこからもっと先の枝につかまって、という具合に、平気でどんどん上に登って行く。しかし準備万端整えて登るのではなく、セッカチ故に、とにかく目標の高みに登ることだけを考えてハシゴを駆け上がる傾向がある。

その結果、随分高く登ってから「安全ベルトがもう1本ある方がええわー」と叫んだりする。長いハシゴの更に上の枝で待つ監督に安全ベルトを届けるのは私である。用心しながらギシギシと揺れるハシゴから降り立った途端に、「あれ?ノコギリないわぁー」と叫ばれた時は呆然とした。何をしに木のてっぺん近くに行ったのだ、監督。呆れようが内心で罵ろうが、他に誰もいないので、ノコギリを届けに長いハシゴを登って行くのは私である。疲れる。

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