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ひたすら逃げる監督補佐

<現場監督>

木の成長の速さには驚く。間伐する際に使う梯子の長さも木の成長に伴い5m、10m、15mと長いものに変更せざるを得ない。何故梯子が必要か。それがとても肝腎なところで、要するに倒すと決めた木のなるべく上の部分をロープでしっかり縛りつける必要があるからだ。

結び付けた50mのロープを倒す方向に引っ張って行き、そこに存在する大木の幹に、しっかり結び付けておくのである。倒す木のなるべく上の部分にロープを結ぶには長い梯子を上がって行かなければならない。最初は自分で上がっていたが、梯子が倒れそうになった時、梯子と重い私の両方をかなり細めの監督補佐が支え切れるはずがないということになり、監督補佐が梯子を上りロープを結び付ける、ということに役割を交代した。私の体重は梯子が倒れないための重しとしては十分役に立つ。

こうしてロープを張り終えたら、切り倒したい方向にまず大きな楔型の切り込みを入れて、次に切り倒す方向の反対側からノコギリを真横に入れて行く。その切り具合を見ながら、監督補佐が倒したい方向からロープにぶら下がるようにして引っ張るのである。

監督補佐が必死に引っ張っても、なかなか倒れないことがあると、苛立つ私は「引っ張ってんのかぁー!」と怒鳴ることがあるらしい。そんな時は「これ以上どうしろと言うのだ」と監督補佐が怒ることになる。上手に切れた場合には、木はゆっくりと倒れて行く。

木が倒れて欲しいと思う方向でロープを引っ張っている監督補佐の頭めがけて大木が倒れて行く状況だから監督補佐は大急ぎで逃げなければならない。逃げる進路はあらかじめ決めているようなので、ひたすら上手に逃げる。監督補佐は「こんな所で、こんな形で人生を終えるのは真っ平」といつも文句を言っている。「保険金は出ないし、補償金など出しそうにないし」と。

このようにしてこれまでに2人が倒した木は300本以上になる。仲介業者が最後に出した条件が1本1万円ということではどうか、という内容であった。それで合意したので、既に300万円分を材木にしたことになる。最初の頃は朝3本、午後2本くらいは倒していたのだが、この頃は多くて1日に3本くらい。それでもヘトヘトになる。木が年々大きくなり、枝も随分成長して立派になってきたからである。

<監督補佐>

直径40㎝以上、高さ20m以上の杉や檜が予定どおりの場所にドドーンと倒れる様は壮観で、汗まみれ、切り屑まみれの山林労務の中では間伐作業が一番達成感のある作業と言える。

一歩間違って倒れる樹木の下敷きになると運が良くても大怪我が必至なので、ロープを引っ張って樹木を倒す前に、逃げる経路を決めておく。樹木は引っ張って直ぐにバタンと下に落ちるわけではないので、傾き始めて倒れる方向がはっきりわかってから逃げても間に合うのであるが、事前に躓きそうなものがない場所、いざという時に身を庇ってくれそうな樹木がある場所等を決め、逃げるシミュレーションを念入りにしておく必要がある。

倒したい樹木が隣の樹木に引っかかったりせず、素直に倒れてくれると監督も上機嫌になる。そんな樹木倒しを見たい、倒したい、という知人は何人かいて、樹木倒しに参加してもらったことがあるが、切る役とロープを引っ張る役は、慣れていない人には危険なので、倒すのを見る役に徹してもらっていた。

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