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八角の梵鐘

<現場監督>
国道166号線を伊勢の国から大和の国に向かって走っていると、グリーンライフ山林舎の少し手前あたりに「八角梵鐘」という表示が出ている。梵鐘のほとんどが丸いので八角というのは珍しい。

その由来をいつか聞いてみたいと思いつつも、ログ倉庫建築を目指して心がはやる朝方の往き道で寄る気は無いし、労務作業でつかれた帰路には早く帰阪しないと夕食が遅くなり、翌日体調がおかしくなる、との監督補佐の意見に「ごもっともです」と同意せざるを得ない身としては、お寺にちょっと寄ってみようかと言い出せなくて、長い間、その由来を尋ねる機会がなかった。

しかし事務所の整理の為に不要不急のものを取り敢えずログ倉庫に放り込んでおこうと、その目的のみで大紀町に行った日は帰りが早いので時間的に余裕があった。そこで八角梵鐘のある天開山泰運寺を訪ねることにしたのであある。

国道166号線から山道に入ると、細い道が山上に向かってくねくねと続いていて、畑も田もなく、小川が流れているだけである。走ること20分くらいで急に視界が開け、小さな畑もあり、モミジの大木などもチラチラと目に入るようになって来た。そして目的の泰運寺の表示があり、駐車場らしき突き当たりに到着した。

松阪市の観光案内によると、1740年に泰運了啓和尚によって開かれた曹洞宗のお寺で本尊は子安観世音菩薩とある。子宝や安産に御利益があると書かれているのだが、参拝者は誰もいない。少子化の時代を象徴しているかの如きお寺のたたずまいである。

文字通り八角の梵鐘

大体、禅寺はどこも少し威張った雰囲気があって、参拝者は少ないものだが、このお寺は本当に誰もいない。小さい池に大きな錦鯉が泳いでいる。それだけ。

誰もいないお寺で暢気に泳ぐ鯉

八角梵鐘は材料8枚を溶接して作られた梵鐘だから、であることがわかる説明書きがあった。誰でも撞いていいようになっていたので、早速撞いてみる。深く味わいのある音が静かな山あいにゆっくりと流れる。面白いので何回も撞かせてもらった。

この後、ご~ん、ご~ん、ご~ん、と何回も撞く現場監督

お坊様が聞きつけてお寺から出て来るかなと思ったが誰も出て来ない。食料品の買い出しに松阪市にでも行っているのだろうか。

境内にはモミジやシャクナゲの木が沢山植えられているので、秋や春にはさぞかしきれいな色彩が楽しめるはずだ。これはいい!!秋に来よう!!誰もいないこんな静かなお寺で紅葉を独り占め出来るではないか。

しかしこのお寺の維持をこれからどうしていくのだろうか。何か波瀬村の特色を出した記念行事をやるとか、4月のシャクナゲ祭をするとか、波瀬本陣跡とタイアップして村人総出の時代祭の行列でも考えないと、このままでは朽ち果てるぞよ、と心配になって来た。子供を5人でも6人でも持ちたいと希望する若者を増やす方法を考えないと。

それにしても最近思うことがある。例の旧統一教会は何故あれ程の信者と献金を集められるのであろうか。テレビを見ていても、政治家と旧統一教会と
の関係性ばかりに焦点が当てられていて、旧統一教会の団体としての実態解明には少しも分析が及んでいない。信者を集める根本的原因(宗教団体としての魅力、全財産を献金させてしまう魅力(魔力)等について、少しは真面目にジャーナリストとしての分析を開始して欲しいものです。なぁ、和尚さん!!

<監督補佐>
現場監督は仕事柄か、性格からか、何にでも自分の影響力を及ぼそうとしがちである。俗っぽく言えば、仕切りたがる傾向がある。

お寺の梵鐘を見て、寂れたお寺の行く末を案じ、あれこれ再興策に思いを巡らせているのを見ると、御苦労様なことだと思う。寂れていてもひなびていても、ただそれだけを、ふ~ん、と見ている監督補佐とは大違いである。

確かに梵鐘は珍しい形をしているし、今でも風格があるので、この梵鐘が完成した当時のお寺はさぞ隆盛を極めていたのだろうと思われるのに比べ、現在はその珍しい梵鐘のすぐ近くに、和尚さんのお住まいなのだろうと思われる普通の家屋があって、そこはかとなく生活臭が漂っているのを感じると、監督なら「大丈夫か、何とかしないといけないのでは」と思うのだろう。

でも地域に根ざした昔のお寺は、和尚さんのお住まいの家屋の形態は違っていても、みんなこんな状態だったのではないだろうか。パンフレット片手に観光客がぞろぞろ押し寄せる寺院よりも、周辺の住民が折にふれ集うようなお寺の方が安定しているように思う。

尤も、訪れたのが真夏の夕暮れ時であったので誰もいなかっただけで、珍しい、工夫をこらした梵鐘があることだし、知る人ぞ知るお寺で、花の季節や紅葉の季節には大勢の人でごった返すのかもしれない。小さい池で泳いでいる鯉がプクプクとのどかに太りかえっているのを見て、寂れているように見えても、それなりに充足している自然体のお寺、という印象を持って帰って来た。


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