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【小説・月木更新】青の眩惑 #8

 あれから、万葉と井岡はつき合い始めた。
 いつも自分の味方でいてくれる万葉が好きな人と幸せになってくれればいいと、本気で思ったから、だからあの時万葉の背中を押したのに、そして井岡のことはもう好きではないはずなのに。
 なのに、どうしてだろう。
 並んで歩く二人を見ると、デートの様子を投稿したインスタグラムを見ると、井岡の家に泊まったという万葉の話を聞くと、どうしてこんなに、苦々しい気持ちになるのだろう。
 これが私の心の狭さなのかな、と思う。そして醜さ。
 本当は、井岡のことをまだ全然諦められてなくて、今でも井岡のことが好きだからではないか。
 そう結論づけることには、何か違和感があった。そんな煮え切らない覚悟のまま、あの時万葉に、井岡先輩のところに行ったら、と言ったのではない。
 そうじゃない、のだとしたら――。
 行幸は漸く気付いた自分の気持ちに、思わず息が詰まった。それがあまりにも、残酷な結論だったから。

 何にも物怖じせずに、言いたいことをちゃんと言える万葉。感情の起伏をあまり出さない行幸と対照的に、自分の気持ちをうまく解放してあげられる万葉。時に行幸のために怒ってくれ、そして世話を焼くだけでなく行幸のことを信頼してくれている万葉。行幸より大きくて、そしてあたたかい手のひらを、ときどきぽんと、行幸の頭に載せる癖がある万葉。
 万葉の目が、声が、あの手の重みが、一気に行幸に押し寄せてきた。
 行幸が愛したのは、万葉だった。
 いつだって口では、好きになったら性別は関係ないと言っていた。でも、いざ女の万葉のことが好きだという自分の気持ちに接すると、なんか色々受け入れられなくて泣いた。

 一目惚れした男と、気が付けば静かな愛がそこに芽生えていた女友達。
 そんな二人の恋の行方を、気付けば見守る立場になっていた。
 うまくいってほしいに決まっていた。好きだった人と、好きな人の幸せを、願っていた、心から。
 だからこそ、自信や好奇心に輝いていた万葉の瞳が曇り、力ない表情を見る機会が増えていくことがつらかった。
 どちらが悪いということでもない。井岡は時々いる、つき合ってみたらうまくいかないタイプらしかった。
 万葉は自分より数段強いものとばかり思っていたが、ああこの子も「普通の女の子」なんだな、と気付かされた。
 ねえ、なんで。友を思い一度身を引き、その友は自分の気持ちを知る由もなく、自分でなく友を幸せにはできぬ男を選んだ。私、あなたの涙なんて見たくないんだよ。その綺麗な顔を伝う雫の輝きは、この世で最も美しく、そして悲しい景色だ。

 私に、何ができるというのだろう。あなたが涙を拭く気になるまで隣で待って、その時はただ黙って、ハンカチを差し出せば良いのだろうか。
 ――じゃあ、もし、もしその役割では、満足することができなくなったら、その時――私はどうするのだろう。

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