49.「気をつけて」の意味

長らく摂食障害である私は生理が全く来なかった年もあり、来ても数日のおしるし程度で終わる状態になっていました。

結婚前に姑に「赤ちゃん産めないような体じゃないか証明しろ」とフェミニストが聞いたら怒り心頭な要求をされて行った産婦人科の検査で「排卵は現在していませんので、不妊治療が必要」と診断されており、まさか自然に妊娠するとは思ってもいませんでした。

その夜、彼が帰って来たのは夜7時を過ぎた頃でした。
灯りがともっていないリビングの床に、何も敷かず何も掛けずに横たわる私を見て、彼は倒れていると思ったのでしょう。

抱き上げられソファーに降ろされたところで目を覚ますと彼はホッとした顔で
「死んでるかと思った」
と笑顔を見せましたが、私は昼間の記憶がまざまざと蘇り笑えませんでした。

「今日お義父さんに、襲われそうになった」
そう言うと彼の顔から笑顔が一瞬消えましたが、彼はまたすぐに笑顔を見せて
「桜瑚の勘違いじゃない?」
と言いました。

私は襲われたことがあるから分かる
あれは、絶対勘違いなんかではない

そう言おうと思いましたが、言えませんでした。
きっと映画館で声をかけてきたあの女性が「気を付けて」と言ったのは、彼の家族の異常な性的関係だったのでしょう。

彼とは何度も寝ていますが、あまりにノーマルすぎて「こんなにノーマルな人がいるわけない」と私は思っていました。
嫌われるのが怖くて自分の要求をカミングアウトできていない感じがしましたが、今思えば多分彼の性癖は近親相姦的なことだったのだと思います。

好んでそうなったというよりは、多分性に目覚める前から養母にそういう経験を刷り込まれたことによって、近親相姦を嫌悪すればするほど、その膿んだ関係には抗いがたく、いつしか囚われてしまっていたのだと思います。

そんな彼に私がレイプ被害者であることをカミングアウトすれば、近親相姦では被虐者である自分の姿を、レイプ被害者である私に重ね、自分が今度は加虐者となるか加虐者とはならなくても傍観者として、私を近親相姦にひきずり込むのではないかと私の胸に彼に対する恐怖にも似た気持ちが生じました。

いじめられた人間が、自分より更に弱い人間をいじめることで精神のバランスを保つように、性的な被虐者は被虐された自分と同じような立場の人間に対して加虐者となることで「本当の自分は被虐者ではない」と自分自身に思いこませ、無残に傷つけられた精神の崩壊を食い止めることがあるのではないかと思います。

飛躍しすぎだと自分でも分かっていますが、男性という生き物の性癖はこちらの飛躍の上をいくこともあると、それまでの自分の経験から私は思っていました。
性的暴行を受けてそれをなんとか自分の中で消化しようとあがき考え続けた事と、夜の仕事で何人もの男性と風俗ギリギリの接触をしながらで彼らの性癖に触れたことで、私は性的なことについて考えすぎて思考がおかしくなったのだと思います。
だからAVという世界にも足を踏み入れてしまったのだと思います。

黙り込んだ私を彼は「襲われたのは、もしかしたら勘違いだったのかな」と納得したと思ったのでしょう。

「晩ご飯まだでしょ?今日はどっか食べに行こう」
と立ち上がりました。


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