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黄金の三日月地帯-1-

写真 : ケシ畑を破壊する政府軍(ヘルマンド州)

黄金の三角地帯は多くの方が耳にしたことがあるとは思います。タイ、ミャンマー、ラオスにまたがる麻薬地帯ですが、そこで生産される年間のアヘンの総量をはるかに上回る、世界で最もケシの栽培が盛んな地域があります。それが黄金の三日月地帯と呼ばれる、アフガニスタン、イラン、パキスタンです。ただ、イランやパキスタンは麻薬の経由地として主に機能しており、生産を一手に引き受けるのは、アフガニスタンになります。20年も前の取材を今さら話すのもどうかと思いますが、現状、さほどの変化はないように思えます。ただ、タリバンが政権を握った今、宗教上の理由、また国際社会からの援助を引き出すために、ケシの撲滅に乗り出す可能性はあります。

・なんとなく訪れてみたアフガニスタン

アフガニスタンにアメリカが侵攻してから2年半ほどが経った頃、2004年、僕は二度のカシミールの取材を終えて、ちょっと別の国にも足を運んでみたいと思いました。インドに慣れ親しんでいた僕は、できれば周辺国がいいなあと地図を眺めていたら、アフガニスタンが目にとまりました。そういえば、タリバンは簡単にアメリカにやられちゃったけど、今、どうなっているのだろうか。試しに、東京のアフガニスタン大使館で観光ビザを申請したら、普通に発給されたので、そのまま現地に向かうことにしました。

せっかく行くのであれば、何か取材するテーマを決めたほうがいいと思いました。いろいろとニュースを拾い上げる中で、戦争そのものよりも、僕が気になったのが、麻薬でした。日本にいると、麻薬を使用することも購入することも販売することも、大きな犯罪です。それがアフガニスタンでは堂々とビジネスとして成り立っているというのです。タリバンはケシの栽培には消極的で一時期はグッと生産量が減りましたが、タリバン政権崩壊後、再びケシの波が押し寄せているといくつものメディアで報じられていました。

日本のメディアはどうかと調べてみると、アメリカの侵攻による戦争をテーマにした取材は数多くあっても、麻薬を扱った記事はあまり見当たりません。僕はこれはチャンスかなあと思いました。そのとき、とても、ワクワクしたのを覚えています。毎回、テーマを選ぶ際は、ワクワク感があるかどうかで判断していました。なので、アフガニスタン、麻薬地帯潜入みたいな冒険的な感覚があったのかもしれませんが、一番、重要なことは日本人では、誰も取材していないということです。これが僕の一貫した取材姿勢でした。

・一面に広がるケシ畑

パキスタンのペシャワルからカイバル峠を超えて、アフガニスタンに入国します。初めての国で、知り合いもいません。アヘンの原料となるケシの実がどこで栽培されているのかも分かりません。こっそりと民家の裏庭とかで育てているのだろうか。僕はパキスタンと国境を接する町、トルハムからジャララバードに向かうバスの車内で、あれこれと考えていました。

綺麗でしょ!と僕にケシ畑を案内してくれた子供たち

「わあ!あの花めっちゃ綺麗」

車窓を眺めていると、突然、目の前に赤や紫の花が一面に咲き乱れていました。僕は隣のアフガニスタン人の男性に、「あの花は何ていうの?」と聞くと、彼は英語が話せないけど、何やら周りに聞いています。しばらくして、別の男性から「あれは、ポピーだよ」と。それを聞いて、驚きました。入国してわずか1時間足らずで、ポピー、ケシの花と遭遇したのです。

僕が入った時期は、まさにケシの花が満開をむかえる3月中旬でした。見渡す限りのケシ畑。隠れて栽培するどころか、幹線道路沿いで平然と咲き乱れています。それから、約一か月後です。いろいろと麻薬の取材をして、パキスタンに戻るとき、あれほど綺麗だったケシは全て花弁を落とし、グロテスクな果実が顔を出していました。一つ一つ、丁寧に果実に傷を付けて、そこから染み出す白い液体を農民がヘラで掬い取っています。ただ空気に触れてしばらくすると、どす黒く変色します。

アヘンの収穫に精を出す農村の風景

「アヘンは我々にとっては貴重な収入源だ。灌漑設備もないこの場所でケシ以外に何を育てればいい」

何万とある果実ひとつひとつからアヘンをすくいとる

ケシは他の農作物と比べて、水をあまり必要としません。だから、びっくりすることに、砂漠の真ん中にポツンとケシの花が咲き乱れていたりします。アフガニスタンでは昔からケシの栽培はされていました。それはケシから取れるアヘンが痛み止めになるからです。医療設備がない農村ではアヘンは鎮痛剤として有効でした。でもいつしか、アヘンは高価で買い取られ、さらにヘロインに姿を変えて、世界に流れます。

「育てたくて、ケシを栽培しているわけじゃない。アヘンは食べられない。俺たちは、野菜や果物、普通に食べられる農作物を育てたいんだ」

国連の支援でケシの代わりに農作物を育てる農民

農民の声を拾うと、大半がこう答えます。でも、肝心の水が確保できないのです。殺害された中村哲先生は、医師でありながらも、アフガニスタンには水が必要だと灌漑設備に力を入れました。それは農民の声をどうにかして叶えてあげたい、またケシに頼らない暮らしを農村に届けてあげたかったのだと思います。ケシから採取されるアヘンは高額で取引されますが、農村では買いたたかれます。また違法であるため、役人やマフィアに賄賂を渡します。さらに、アヘンを採取するのも、重労働です。農村の暮らしを見れば分かりますが、貧しいです。ケシが富をもたらすのは一部の人間だけなのです。

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