見出し画像

万葉の恋 第6夜

【2009年・冬】

職場の飲み会。
突然のカミングアウトだった。
部署内で1番仕事ができて
1番イイ男が、いつもどおり
近寄ってきた女性達に、伝えた。

「今まで黙ってたけど、
俺、ゲイなんだ。
女性には、興味ないから。
胸元、寒いでしょ。見せなくてもいいよ」

みんな、冗談だと思って
手を叩いて笑って

「どうしようかな、ホントなんだけど」

続いた言葉に、音が消えた。


~・~・~・~・~・~・~

「なんで、言ったのよ」

吐く息が白い。

空気を読んで、
先に帰る事を伝えた彼と並んで歩く。

「30才になったから」

・・・・。

「それに・・」

「・・何?」

「レンは、居てくれるだろう?」

・・・・。

「当たり前でしょ」

彼の左側。
私の居場所は、きっと永遠の“友達”

交わる事はない。どこまでも
このまま並んで歩く。




カミングアウトした彼は、
中傷と批評にさらされた。

その時は、
すでに担当もついていた。


「三上、マジでびびったよなぁ」

「いや、俺、人生で初めて見たわ
“そーゆーヤツ”」

「でも、あれって
女避けの為じゃねーの?」

「いや、マジだろ。あれは。」

「うわぁ、俺、トイレで2人に
なったらどうしよう。」

「護身術だ」


ゲラゲラ笑い合う同僚達。


くだらない・・

資料室を出たところで
通路の途中にある自販機の前、
同僚3人が立ち話をしている。

隠れようと思った訳ではなかったが
壁に背を預け、彼らの言葉を
聞いていた。

無駄話は続く。

「そう言えば、椎名先生、
三上に担当変わったんだろ?」

「あぁ、人嫌いの」

「・・それってさ、やっぱり」

「それ、俺も思ったんだよ。
ってか噂あったろ?椎名先生も
“そっち”じゃねーかって。
三上に変わってから、原稿
落とす事なくなったみたいだし。」

「え?マジで?どんな手使ったんだよ」

「お前、そりゃ、決まってんだろ?」

「うわぁぁ、マジかよ。・・どこまで
すんのかな、そういう、」

手に持っていたファイルを、
勢いよく・・全部床に落とした。

私がここにいた事に
全く気付いていなかった同僚は
みんな、口を閉じる。

「あーあ、手がすべっちゃった
・・・あっ、ありがとう」

なぜか、3人で資料を集めてくれた
同僚達に笑顔でお礼を言う。

・・・・。

そんなに私の笑顔は怖いのだろうか。

顔、ひきつってるぞ、おい。

「あのさぁ、」

私の言葉に、距離を取っていた
3人の肩が漫画みたいに
ビクッと動いた。

「この世界って結果論でしょ?
担当が誰であろうが、何しようが
数字出した方の勝ちじゃないの?
実際、椎名先生、三上に変わってから
部数伸びてんだし。部数伸びてるって事は
それだけ、面白いって事よね。」


「あ~、えーっと・・そう、だよなぁ、
うん、結果論・・だよな、でも、ほら
やっぱり、ラインは引かないと・・うん」

なんのラインだよ。

表情には出してない。
口角が上がっているのは感覚でわかる。
言葉も選んでいる。

それなのに

赤色のオーラでも見えてるのか、
目の前の同僚達は、
お互いを見るばかりで
こっちを見ようとはしない。


正直、なんで私も自分が
ここまで怒っているのかわからなかった。

ただ、努力している彼が、
色眼鏡でみられて
否定されているのが我慢できなかった。

どれだけ努力しているか、

どれだけ才能があるか

私は、ずっと見続けてきた。

ずっと・・


初めてだった。


怒りながら、泣きそうになった。

くだらない事で笑い合う
能無しの同僚達のメンタルを
ズッタズッタにしてやりたいのに

口を開けば、涙がでてきそうで
言葉を出せなかった。



「なぁんだ、言ってくれれば、
教えてあげたのにぃ。椎名先生の
テンションの上げ方ぐらい」

!!

通路の向こうから、ニコニコと
笑いながら歩いてきた彼が
そのまま、1人の同僚に近づく。

「今夜、教えようか?」

艶っぽく笑いながら、伸ばした右手で、
青ざめている同僚の頬をなぞった。

「あっ、ぁぁっと、もうすぐ会議だった。
なっ、なっ、じゃ、じゃあな」

お互いの顔を見合わせて、
同じタイミングで頷きながら3人が走り去る。

残されたのは、彼らに手を振る三上と
ぶつけどころのない
気持ちのせいで動けなくなった私。


・・・・。

「教えてやったのに。椎名先生の
好きなケーキ屋ぐらい。」

呟きながら、私に向き直り、
手から資料を取ると
視線を合わせない私の顔をのぞき込む。

私は、どんな顔をしていたんだろう。


「さんきゅ」

そう言って、優しく笑った。

淋しそうに笑った。

昔は、あんなに、
楽しそうに笑っていたのに。


「うっさいっっ」


ようやく開いた口は、
暴言しかでなかった。

「え~~~、なんで~」

歩き出した私の後ろから
三上の声が追ってくる。

知るかっ



交わらなくていい。

ずっと隣で、同じスピードで
並んで歩く。

それでよかった。
そのままでよかった。

お互いを守りあっているような
支えあっているような

そんな気でいたから。
ずっと、続く道だと思えたから。


でも、


彼は、もう1人で歩いている。

2人だけの秘密はない。


私は、ただ、
彼の背中を追っているだけだった。


止まらない足は、屋上を選んだ。

周りを囲む高層ビルの間
ぽっかり空いた空。

いい天気・・。

柵を握る手に力が入る。
大きく息を吐いた私の頬を
ナニかが伝う感覚は顎で切れた。

本当に


本当に


やっかいな



片思いだ。


空を分断するように
飛行機が飛んで行った。


これから、オフィスに戻る。

何事もなかったかのように。


あぁぁ、

「きっついなぁ」


もう1度、大きく息を吐いて
右手で涙を拭った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?