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仕事との付き合い方

 自分はサラリーマンで、24時間のうち仕事が占める時間は多い。通勤時間も含めるとさらに増える。

 しかし、自分にサラリーマンが勤まるとは思っていなかった。なぜなら自分は他者との関わりが苦手だったからだ。だから職人さんや学者さんといった自分で仕事が完結する(と当時思っていた)職業に就こうと思っていた。

 これらの職業こそ他者との関係が重要なのに、知らないとは恐ろしいことである。

 だが高校を卒業し、すぐに今の会社に就職することになる。

 親の方針が、「高校時代はクラブ活動!」だったため、アルバイト経験もなし。今の会社が初めての仕事だった。

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 就職と同時に夜間大学に通わせてもらった。まだ色々なことを許してもらえる時代で、幸運なことだった。毎日早退させてもらい、昼は仕事、夜は大学という生活。本職はサラリーマンなので仕事は生活の中心であったが、気持ちは学生生活の方に向いていた。

 夜間大学の卒業とともに人事異動があり、それまでと仕事の内容も仕事をする時間もガラリと変わった。

 毎日残業で、帰りは日付が変わってから。時には泊まり込みもし、休日もだんだんサービス出勤が増えた。その後の異動先でも同じような状況、仕事で気になることがあると帰っても落ち着かない、仕事に支配される日々…

 若かったこと、周りも同じだったことから、仕事が最優先でただひたすらに働いていた。たまに会う友人は、自分を仕事人間だと思っていただろう。

 歳を重ねるにつれ、会社や仕事に疑問と不満がでてきた。しかし、多少上司に文句を言ってもそれなりに仕事をする。会社にとっては家庭がなく健康でたいして反抗もしない自分は、融通が効く、使い勝手のいい人材だった。

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 婚姻を機に、このままでは家族の時間が持てないことを上司に伝えた。自分の中で仕事よりも重きを置くものができたからである。職場が遠かったこともあり仕事時間の減少を求めて異動を希望したが、聞き入れてもらえなかった。

 そんな時、家族の時間が持てそうないくつかの部署で人材募集があった。作文と面談で審査される。書けそうなお題の部署に応募し、見事当選した。

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 その職場は1年の半分が繁忙期で、半年間は残業あり。家族の時間が十分とは言えなかったが、通勤時間と残業時間は大幅に減った。

 しかし、全員が同じ着地点を目指しているのに職場の雰囲気は悪く、居心地が悪かったことから、「仕事は生活のため」と仕事に何の思い入れもなくなった。

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 働き方が大きく変わったのは子どもができたことだった。夫婦共働き、自分の会社の方が時短しやすいこともあり、自分が1日2時間、仕事時間を減らすことになった。

 自分の職場では在宅ワークやテレワークが導入されていなかったため、自分の時短は直接同僚に跳ね返る。果たして時短して仕事がまわるのか、同僚に負担をかけること、人間関係も不安だった。しかし、自分や家族の状況は自分しかわからないし、自分にしかできない…

 割り切りと取捨選択。周りにどう思われるかなんてかまってられない。できないものはできない、できることはやり切る。自分の中で仕事のやり方、考え方、価値観が変わった。

 休暇の取り方も変わった。それまでは、体調不良といった周りに非難されにくい理由だったが、自分時間の確保のために休暇を取るようになった。

 自分の中で優先順位が確定した。1番が家庭であり、自分自身が2番、そして仕事。子どもができる前とは全く順位が入れ替わり、それにより仕事のやり方も変わった。

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 この優先順位は、自分にとって1番自然に思えるもので今も変わっていないし、家族の変化とともに仕事と自分、生活のバランスも変化していくだろう。

 過去を振り返れば、自分の強い気持ちがあれば、今までも仕事時間を減らし違うものを優先できたかもしれない。何かを犠牲にしたり、不満やストレスと戦わなくてよかったかもしれない。しかし、この働き方で得たものがあることも事実だ。

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 働くという文字は「人が動く」と書くというがが、1日の時間の中で大きな時間を占める仕事はまさに動く時間であり、それが自分の生き方につながっていく。

 若いうちから目指すもの、やりたい事がある人は、自営業であれサラリーマンであれそれを成し遂げるために大いに時間を費やせばいい。

 自分のように時間に流されて就職した人は、動く(=働く)時間の中から自分が生きたい道が見えてくる。

 自分の生きたい道が見えたら、それを仕事にするのか、お金のために仕事するのか、決めるだけ。自分の生きる時間配分は、自分で自由に変えられる。

 生きるために仕事をすることは免れない。仕事を、自分の何かを奪うものと捉えるのか、何かをするための糧と捉えるのか、はたまた何かを与えてくれるものと捉えるのか…

 自分の意識次第で、いくらでも位置付けは変えられる。「仕事」側からみれば、「どうぞご自由に」ということだ。

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 自分にとって仕事は多くの時間を奪うものだった。一方で、生きる道が見えていなかった自分に多くの気づきや経験、そこから生まれる自分自身も与えてくれた。

 自分にとっての優先順位は変化する。これからもその変化に合わせて仕事と付き合っていきたい。

 

#はたらくを自由に

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