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水生昆虫とナチュラル・ドリフト私論

フライフィッシング、特に水面に浮いた虫に見せかけて釣る「ドライフライ」の釣りでは、流れのままに流す「ナチュラル・ドリフト」が推奨されます。これを、頑なに主張する人もいるんですが…ところで川釣りをされる方、川を流れていく自然の水生昆虫を、じっくり見たことありますか?

●まず餌となる昆虫を見よう

 ナチュラルドリフトについて語る前に、昆虫の生態について、いろいろ知っておきたいことが出てきます。ということで、まず、毛鈎の基本中の基本である3種の虫からざっと解説をします。

 水生昆虫の一番手はStonefly(ストーンフライ)=カワゲラ(リンク参照)です。餌釣りでは鬼チョロと呼ばれるこげ茶色のゴツい奴、そして餌釣りでは珍重される、キンパクと呼ばれるずっと小さい黄色〜黄緑色の奴でお馴染みかと思います。この虫は、川原まで水底を這っていって、岸とか大岩によじ登って羽化します。胴体を斜めに、二段の羽根が回っているような飛び方をしているので、すぐにわかると思います。
 とはいえ、あまり飛ぶのは上手ではなく、水面スレスレをバタバタと飛びます。当然落ちて流されるのも出てきます。また交尾、産卵が終わって水面を流されるのもいます。キンパクは春に集中して羽化しますが、いわゆる鬼チョロはシーズンの折々に散発的に羽化すると考えてください。また真っ黒な小型種で、まだ雪の残るような早春に羽化するものもいます。

 続いてCaddis(カディス)=トビケラ(リンク参照)です。こいつはクロカワムシに代表されるイモムシ型の幼虫(ミノムシ、イサゴムシと呼ばれる、木の葉や砂つぶなどで巣を作る種類もいます)から、サナギになり、そして成虫になるのです。成虫は飛ぶときも止まっているときも、小さなガのように見えることが多いのですが、羽に鱗粉がなく、触覚が長いので比較的簡単に区別可能です。
 ところでこのトビケラのサナギ、チョウやガのサナギと決定的に違うことがあります。羽化直前に繭を破って這い出し、水面に向かって泳ぐのです。そして水面を破った瞬間に羽化、飛び立ちます。泳ぐサナギ(カディス・ピューパ)の段階で魚に食われるものも多いのですが、水面で羽化して飛び立った成虫も、水面でパタパタしたり、波立っていないところでは水面を走り回ったりしています。よほど飛び立ちにくいところ以外では、素直に流されたりはしません。もちろんこれも、交尾産卵が終われば力尽きて流されます。ただ、岸辺の石沿いに水中に潜っていって、石に卵を産み付ける習性があるものがいるのが、なかなか興味深いところです。
 釣りシーズンを通して何らかの種のトビケラが取っ替え引っ替え羽化しますので、水生昆虫といえば!で想起される、次に登場するカゲロウよりも、多く目にする昆虫であると言えるでしょう。

 そして長い尾を後ろに垂らしながら、ヒラヒラ・パタパタと飛ぶ、毛鈎のモチーフとしては最も有名なのがMayfly(メイフライ)=カゲロウ(リンク参照)です。この虫は成熟する前に亜成虫という段階を一段階持っているという変わった生態があります。さらにややこしいことに、その幼虫の生活形態が大まかに4つ(遊泳型、這い回り型、砂泥に潜っている型と、石にぴったり付いているタイプ)、さらに羽化形態もふたつあります。ナチュラルドリフトに関わる、羽化形態の違いとは、岩などに這い上って羽化するタイプと、泳いで/浮上して水面で羽化するタイプです。
 ふたつのうち、這い上って羽化するタイプは、岸への移動中の幼虫が魚に狙われることはあっても、羽化してしまえばそのまま飛んで行きますし、カワゲラほど飛び方は下手ではないので、まず魚に食われません。
 食われるとすれば水面羽化のタイプですが、これもトビケラと同様、水中でもだいぶ魚に食われていると考えていいでしょう。ただ、トビケラのように水面を走り回ったりはしないので、波立たないところまで自然に流され、そこで岸の木などに止まって成虫となり、上流の産卵場所目指して飛び立ちます。これも産卵後は力尽きて流されていきます。
 カゲロウの羽化期ですが、多くの種類で春から初夏が中心です。また秋に羽化する種類がありますが、これは日本の場合、禁漁になってからのところが多いです。また数mmしかない小型種は、源流部を除き、何らかの種が冬季を除き羽化してはいるようです。

 このように、メインとなる水生昆虫3種の生態を見てきて、どうでしょう…素直に流されているもの、少なくないですか?脱皮に失敗した個体というのももちろんいて、その形を模したフライパターンもありますが、それが大多数ということはないでしょう。
 もうひとつ、水生昆虫の重要種を挙げましょう。ごく小型の水生昆虫であるユスリカ(リンク参照)です。この、人を刺さない小さな蚊のような虫は、淀みのようなところがメインの生活場所で、あまり流れの強い流心を流されたりはしません。いわゆる渓流での釣りにおけるナチュラル・ドリフトでは対象外の餌です。
 一方で、このイミテーション=大きくても3〜4mm程度の極小の毛鈎を、淵や淀みの表面に起きる小さな乱流に乱されることなく、本物のように自然に流すのは、超極細の糸や竿を使ったうえでの釣りとなりますので、ある意味ではさらにハイレベルの世界にあると考えたほうがよいでしょう。なお、同サイズの小型のカゲロウやトビケラが羽化しているときの釣りも同じようになります。

 では、夏から秋を中心に、意外に多く食べられているという陸生昆虫の生態を考えてみましょう。カメムシ、コガネムシやアリ、そしてなぜか川辺でよく見かけ、魚の胃からも見つかるハサミムシあたりは、足も細く、水を掻く力もないので、もがいてもあまり影響されることなく、全体的には素直に流されるでしょうが、バッタやコオロギの仲間は必死で脚を使って泳ぎます。ガの類も池やプールで見るように、落水するとかなりバタバタしますね。さまざまなイモムシも案外ウニョウニョともがきます。

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●昆虫の生態を実戦に生かす

 こう見てくると、どの虫も必死というか、流れがある程度強く、波立っているところは、確かに流れのままに流れる…で良いのでしょうが、淵やトロ場に入り、水面が穏やかなところで待ち伏せている魚にとっては、産卵が終わって力尽きた水生昆虫や、一部の陸生昆虫を除き、そこで飛び立とうとしないもの=動かないもの=生きていないもの、と判断されてスルーされる可能性は高い……のではないでしょうか。
 実際に「流し切り、ピックアップして投げ直そうとした時に限って、魚が食いついてくる」などという話は、毛鈎でも餌釣りでも、ままあります。ポイントの取り方が間違っている、そこが魚の付き場だ、と言えばそれまでですが(ポイントについてはのちに書くかもしれません)、この、ピックアップ寸前の逆引きこそが魚の捕食を誘っている、これはゴミではなく虫だというアピールになっている可能性は高いと考えられます。
 日が落ちて暗くなってからはもう、魚の方も「動く虫だけを食っている」ような状態も経験しています。

 というようなことを考えると、完全に流れのままに流し続けるよりも、流速や水面の状態から、流していた毛鈎を止める、流れを横切らせる、逆引きする(もちろん実際の虫の動く速度の範囲内で)といった動きを与える方が、魚にとっては「自然」である可能性が出てきます。トビケラやカワゲラなどは積極的に逆引きを試す方が良いこともあります。「ナチュラルドリフト至上主義なんて机上の空論。イミテーションしている昆虫の種類や、ポイントへのアプローチによっては、積極的に動かしていきましょう!」くらいのイメージでOKなのです。

 しかしフライフィッシングの、あのオモリ代わりのキャスティング・ウエイトであるフライラインを、水面の複雑な流れに巻かれることなくコントロール、修正して、10cmでも長く、デッドドリフトを維持するのって、ものすごく難しいものです。超名人級の、複雑な流れに対応して長い距離を流す技術は、賞賛に値します……。

 では、水生昆虫の幼虫など、水中はどうかというと、それも生態の解説であった通り、羽化時期に水面へと泳ぎ上るものもいます。さらにカゲロウの仲間では羽化とは関係なく、泳いで水中を移動するものもいて、その移動能力は種によって差がありますが、これもまた流れのままに流されるとは限りません。
 そもそも、水面よりも水底の流速の方が遅く、さらに石の間ともなるともっと遅いわけで、水面と同調させる必要がある場面は少なそうです。あくまで水中の流速を読みきり、適切なオモリや糸を使って底まで沈めたうえで、その深さの流速に合わせることができて、初めてナチュラルドリフトと言えるのではないでしょうか。
 となると、比較的浅い、澄んでいれば魚が見えるくらいの川であれば、フライフィッシングでも十分可能です。しかし深い川の底でそれを完全にやり遂げるには、5〜7mの長い長い餌釣りの竿はともかく、フライフィッシングの短い竿(最近はかなりの長竿がありますけど)では、不可能ではありませんが、最終的にはイメージの世界。適切なオモリと、毛鈎の浮力や流水抵抗で、どこまで本物が流れている状態に近づけるのか……ということになります。

 まぁ深く考えず、ウエットフライやトビケラのサナギ(カディス・ピューパ)の釣りのように、水中でも毛鈎を引っ張って釣ったほうが簡単、というのも一理あります。この際も遮二無二投げて引くのではなく、流れを読んで、ポイントや引くルート、速度を設定するのが必須条件ではありますが。

●ルアーの釣りにおけるナチュラルドリフト

 さて、フライフィッシングに限った話をしてきましたが、このへんはテンカラ釣りはもちろん、餌釣りにもダイレクトにつながってくるものと考えます。ルアーフィッシングにはちょっと遠い話だったかもしれないとは思いますが、管理釣り場トラウトとは違う文脈=メバリングやアジングの延長線上として、水生昆虫パターンのトラウト・フィッシングをやる人が今後出てくる可能性はありそうですね。
 またルアーフィッシングでのナチュラルドリフトといえば、産卵後のアユ、いわゆる「落ち鮎」を狙って川を遡ってくるスズキも、この釣りに近いものがあると聞きます。産卵を終え弱り切った瀕死のアユは、やはり流速の違いによって泳いだり、流されたりすると思われます。同様に産卵を終えて岸に打ち寄せられる半死半生のワカサギがマス類に狙われるような状況にも、通じるものはあるかもしれません。が、このあたりは私も経験がほとんどなく、推測になってしまうので、ここでは論じないことにして、この項を終わろうと思います。(了)

フライフィッシング入門:目次
https://note.mu/sakuma_130390/n/n85152b3ea6f3

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