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【書評】新たな視座から蒙が啓く快感(すずきたけし)/『アダルトグッズの文化史――大人のおもちゃの刺激的な物語』

大人のおもちゃ/アダルトグッズといえば、ポルノと同様に「男性向け」の「いかがわしい」ものというのが、未だに世に流通するイメージかもしれません。しかし近年では性別を問わず「セルフプレジャー」を得るための重要なアイテムとして捉え直しが進んでいます。ではこのアダルトグッズはどのように登場したのか、アメリカにおけるフェミニズム運動との関連を描きながら明らかにしたのが、ハリー・リーバーマン『アダルトグッズの文化史――大人のおもちゃの刺激的な物語』です。世界で初めて「性玩具の歴史」の研究で博士号を取得した著者による話題作をライターのすずきたけしさんにレビューして頂きました。


■あくまで“男性向け”だったおもちゃ

 ハリー・リーバーマン『アダルトグッズの文化史――大人のおもちゃの刺激的な物語』(福井昌子訳/作品社)は、今年一番の知的で刺激的な一冊であった。

 アダルトグッズ販売を通して、性玩具業界に深入りすればするほど性玩具業界は性的に抑圧されているということに気付いた著者によるアダルトグッズから見えてくる哲学と思想を導き出した一冊。なにやらいかがわしくて人に話すと気まずくなるようなアダルトグッズがその実、男性優位社会の可視化、女性の自立とジェンダー、フェミニズム、LGBTQなどの議論の主役となっていたことに驚きを隠せない。

 例えば男性のペニスを模したディルドは、その使用方法によって様々な理念や意味が浮かび上がってくる。

 男性がなんらかの理由で性的に機能しなくなった場合には、ディルドがペニスの代替として“夫婦”の営みで使用される。男性が“女性”を満足させる目的で使用されるディルドだが、しかしそこには、“夫婦”という男女の役割が固定され、また男性が女性を満足させるという支配的な意味が見えてくる。また、女性向けの性玩具であるディルドを男女のセックスはなく女性がマスターベーションのために使用することについては、男性自らの支配構造が脅かされることになり男はディルドに脅威を感じるという。つまり女性向けの性玩具は男性の都合からあくまでセックスの補助として扱われているのだ。

■キーとなる人物たち

 本書の中心は60年代に興った「性の革命」を背景に、アダルトグッズの製造者、卸業者、小売といった性玩具の流通をそれぞれ担ったキーとなる人物たちによる流通でのそれぞれの立ち位置からのアダルトグッズ事情である

 冒頭に登場する腹話術師で技術者でもあるテッド・マルシュは友人からの手伝いで小陰茎症の男児のための人工ペニスを制作したことをきっかけに女性向けの性玩具を製造することになり、アダルトグッズのメーカーとなる。品質にこだわり、素材には医療用を使用するなど職人肌の人物であった(医療用であれば違法とみなされるリスクが低くなる事情もあった)。当時の性玩具はあくまで夫婦生活のサポートのためのものであり、世間一般の常識とされる性別の役割の範囲内にとどまっていたという。

 また芸術家でフェミニストのベティ・ドッドソンは、社会的に押し付けられている性の役割を変える鍵はマスターベーションにあるとする。彼女はバイブレーターによる女性のマスターベーションが男性支配からの女性の解放と自立をもたらすという哲学のもと、マスターベーションを女性に教える活動をしている。

 ドッドソンに薫陶をうけたデル・ウィリアムズは、女性がオルガスムを経験する方法を教えるためにイブズ・ガーデンというアダルトグッズの販売店を開く。それまで男性が中心であったアダルトグッズ販売が女性向けへも広がる転換点となった。

 そのほか、性玩具を薄汚れたポルノショップではなくブティックのような空間で販売することでそのイメージを刷新したデュアン・コクグレイジャーとビル・リフキンのふたり、コンドーム販売からアダルトグッズ販売に参入するフィル・ハーヴェイとティム・ブラック、全米の書店にポルノと性玩具を卸していた卸業者のルーベン・スターマンなどが登場。

 彼らのビジネス的視点や活動からアダルトグッズへの社会的眼差しが変化し、性の議論が拡大していくさまはとても面白いのだ。

■「クリトリスが関わらなければ、オルガスムを感じることはない」

 アダルトグッズとは人間が意図をもって生み出し、利用者はそれぞれの思惑でさまざまな性玩具を選択する。だからこそ、アダルトグッズは男性による女性支配の構造や性的マイノリティたちの重要な問題を浮き彫りにする。

「セックスにおいて女性はペニスの挿入によって満足する」という考えは、男性による支配の表れであるという。なぜなら女性は挿入によってオルガスムを感じるのではなく、クリトリスが関わるからこそオルガスムを感じるのである。だからこそ女性のマスターベーションに使用する性玩具においてもペニスを象ったディルドと電動のバイブレーターはフェミニストのあいだで大きな論争となる。

 アダルトグッズをハイカルチャーなものへと引き揚げたデュアン・コルグレイジャーとビル・リフキンのふたりのアダルトグッズショップのカタログには「クリトリスが関わらなければ、ヴァギナや尿道でオルガスムを感じることはないと知っておくことが重要です」と記されている(本書135頁)。これはクリトリスの重要性を知らしめようとするフェミニスト運動を映し出したものであり、ふたりの哲学の根底にフェミニズムの哲学があったと本書は指摘する。フェミニスト向けの性玩具販売がゲイであるふたりによって始められたというのはとても興味深い。 

■違法なものからポップカルチャーへ

 また社会一般としてアダルトグッズの置かれている状況は時代とともに変化していることも実感できる。アメリカでは猥褻なものを郵便でおくることが違法とされていた時代もあり、またそれらを販売することもテキサス州、ジョージア州、ミシシッピ州、バージニア州の五つの州は違法としていたという(だからこそ「医療用」や「ノベルティ」という品目でアダルトグッズを扱っていた)。現代ではドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』でもアダルトグッズが扱われ、ポップカルチャーの舞台にも登場している。またアダルトグッズは性別の問題にとどまらず、障害者の性生活へのサポートにも重要な役割を果たしていることも心に留めておきたい。

 アダルトグッズから男性支配の構造と女性の性の自立、そのほかさまざまな性の問題を浮き上がらせる『アダルトグッズの文化史』は、読者がこれまで持ち得なかった新たな視座から蒙が啓くような快感が凝縮している一冊である。

【プロフィール】
すずきたけし
ライター/ブックレビュアー。『本の雑誌』、文春オンライン、ダヴィンチweb、リアルサウンドブックなどでブックレビューやインタビュー、映画に関する記事を寄稿。X(旧Twitter)アカウント「@takesh_s