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ボクぞ

祖父が亡くなった。

100歳をこえていたから、大往生といっていいだろう。

私は葬式に行かない選択をした。
理由は父から「来なくていい。」ではなくて「来るな。」と言われたからなんだけど、行ったところで死んでしまった人に何ができるわけでもないし、これでいいと思っている。海外に住んでいると、こういうときに困るし、悲しい。

葬式には行かないことに決めたものの、やはり自分の祖父だ。私なりに祖父を悼みたいと思い、この文章を書いている。

私の祖父はかなりの変わり者だった。正直にいうと、私は祖父のことを大好きだったわけではない。でも祖父は祖父なりに私のことをかわいがってくれたと思うし、私にとって唯一のおじいちゃんであったことに変わりはない。

亡くなって時間が経てば、祖父との思い出もきっと薄れていってしまうだろう。その前に思い出を少しだけこの文章の中に閉じ込めておこうと思う。

私が祖父の顔を思い浮かべるとき、必ずセットで思い出すのが「ボクぞ」というセリフである。

「ボクぞ」というのは、九州の宮崎・熊本あたりの方言だと思うが、その正確な意味を私は知らない。私の周りでその単語を用いるのは祖父だけだったからだ。用例から推測すると、「危ない」とか「良くない」とかいう意味なんだと思う。

私たち姉妹は、祖父から「ボクぞ」「ボクぞ」と言われながら育った。

ちょっと焼きすぎて焦げたトーストを食べようとしたら「癌になる、ボクぞ!」
嫌いな野菜を残したら「全部食べんとボクぞ!」

こんな具合だ。

「ボクぞ」という言葉は、祖父の思い出と密接につながっている。私のこれからの人生で「ボクぞ」と言われることはきっと無いんだろうなと思うと、少しだけ寂しい。

祖父は今では珍しい大正生まれだった。
大正、昭和、平成の3つの時代を生きた。中国のことをシナ、タイのことはシャムと呼ぶ人だった。

じいちゃん、長い人生お疲れ様でした。
どうぞ安らかに。

これ書いていたら、ちょっとだけ涙出てきた。
私、泣かないと思ってたから、おどろいたな。

サク

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