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朗読台本・人魚と魂の花(45分)


はじめに

本作は、オスカー・ワイルドの著作“The Fisherman and his Soul”(日本語訳では「漁師とその魂」の題名で広く知られている)を基礎にした二次創作作品で、原文を新たに日本語翻訳したものではありません。



【登場人物】 … 10人 (男7、女3)+ナレーション

漁師(男) … 純真無垢な青年。人魚姫と結婚し、愛のために生きようとするが、魂に邪魔をされてうまくいかない。漁師が魂と対話するシーンは、すべて自分との対話。

魂(男(女でも可))… 漁師の利己心の擬人化。漁師の一部だが、別人のように演じる。感情的になると語気が荒くなる。

人魚姫(女) … 海の王の娘。親の言いなりで、自分の意志を持っていなかったが、後に自分の意志で漁師を愛するようになる。

魔女(女)… 自己中心的な性格。悪魔に心臓を捧げているので、最初から心がない。言葉を繰り返して歌うように喋るクセがある。

海の王(男)… 海の国を治める王。強大な力を持っていて、掟を破る者には、たとえ娘であっても容赦しない。

神父(男)…神は恐ろしい存在だと説くのが、人々のためだと思っている。漁師の死後、「魂の花」の香りを嗅いで、神は愛の存在だと悟る。

商人(男)… 漁師に魔女の存在を教える案内役。

町人1・母親(女)…シーン②で神父の取り巻きとして登場。シーン⑪で子供の母親として登場。

町人2(男)…シーン②、⑪で神父の取り巻きとして登場。

子供(男(女性でも可))…町人1の子供。3~5歳ほどの幼児。
   
n・ナレーション(男女どちらでも可)

朗読時間 … 45分
※朗読の際、シーンは読まなくても構わない。
※シーン下()は、本読みを基準とした目安時間。

【物語のテーマ】 
愛についての訓話。
漁師は人魚に恋をして、自分のために生きることをやめるが、魂(利己心)が暴走して悪に染まってしまう。本当に人を愛するということは、利己心を棄てることではない。
「自分のために生きる」ことと「相手のために生きる」ことを、両立させることである。
※原作“The Fisherman and his Soul”の解釈は諸説あり。テーマも別物として扱う。


【本文】

シーン① 漁師と人魚が出会い、約束を交わす(4分半)

 「海上に、一艘の粗末な小舟が浮かんでいた。船の上では、若い漁師が漁をしていて、網を打っては引き戻し、小魚でもかかっていないかと確かめるが、一匹も捕れず、深いため息をついた」

漁師 「あーあ、まただ。ここのところ、ずっとこの調子だ。きっと海の怪物が、このあたりの魚を、みんな飲み込んじまったのかもなぁ。だが家に帰っても誰もいないし、なにもない…。こんどこそ、なにか引っかかってくれんかな」

 「漁師は再び網を打った。すると、こんどは手ごたえを感じた」

漁師「よし、なにか釣れたようだ。絶対逃がさないぞ」

 「漁師は掛け声をしながら、重そうに網を引き上げた。すると船には、美しい女の人魚が打ちあがった」

漁師「なんだ、お前は⁉」

人魚姫 「どうか乱暴しないで。私は海の王の娘です。なんでもお望みの物を差し上げますから、この網をといて、逃がしてください。城へ帰らないと、父に叱られてしまいます」

 「漁師は、人魚の美しさに見とれて、無言になってしまった」

人魚姫 「あのう?」

漁師 「ああ。人魚なんて初めて見たから、つい、驚いちゃって。なんでも望みの物をくれるのか?」

人魚姫 「はい。世界中の海で一番美しくて、一番貴重なサンゴや真珠だって、差し上げることができますわ」

漁師
 「本当か?それはすごい。サンゴや真珠を売れば、お金持ちになれる。毎日毎日、釣れるかどうか心配しながら、漁に出る必要もなくなるな」

 「人魚姫は何度も大きく頷いた」

漁師 「でも、それを受け取ってしまったら、あんたとはこれっきりだ。たった一度の願いで、こんな綺麗な人と、いや、人魚と会えなくなるのはおしいなぁ…。そうだ!高価なサンゴも真珠も要らない。それより、俺のお嫁さんになってくれ」

人魚姫 「ええ?でも…あの…その…」

漁師 「やっぱりダメか?そうか、そうだよな。俺なんかじゃ嫌だよな。魚を捕ることしか能のない男だし、他の生き方を知らないし…」

人魚姫 「いいえ、そうではないのです。人間は魂を持っているから、海の一族とは結ばれません。父が言っていました」

漁師 「どういうことだ?」

人魚姫「海は、人の住む世界よりも広大で、そのぶん、治めるのはたいへんです。だから掟が厳しいのです。人間は自分の魂を大切にするので、掟を守れません。私と結婚したければ、魂を棄ててください」

漁師 「魂を棄てるなんて、どうすればいいんだ?」

人魚姫 「わかりません。私はもともと、魂がないので」

漁師 「よし、じゃあ、俺は明日町へ行く。そして、魂を棄てる方法を知っている人間を探してこよう。だから、また必ず戻ってくれると、約束しておくれ」

人魚姫 「はい、必ず戻ってまいります」

 「漁師は人魚姫を信頼して網を解いた。ザブンと水音を立てて、人魚姫は行ってしまった。それを見送りながら、漁師はしばらく船上に留まっていた」



シーン② 漁師は魂の棄て方を神父に訊く。(2分)

 「漁師は、魂を棄てる方法を知っている人を探すため、町にきていた。町には教会があり、その入り口の前で、神父と数人の信者が話をしていた。漁師は、神父の姿を見つけると、独り言を言った」

漁師 「うん、神父様なら、魂を棄てる方法を知っているに違いない。訊いてみよう」

神父 「ですから、罪を犯した者は地獄に堕ち、永久に苦しむのです」

町人1 「おお、恐ろしい」

町人2 「悪いことはするものじゃないな」

漁師 「神父様、神父様。ちょっと良いですか?」

 「その場にいた一同は、急に話に割り込んできた漁師に注目した」

神父 「なんですか?急に話に割り込むとは、図々しい…おや、あなたは。滅多に教会に来ない、漁師の青年じゃないですか」

漁師 「いやぁ、暮らし向きが厳しくて、教会どころじゃないですよ」

神父 「感心しませんね。なによりも、信心を第一しなければいけませんよ」

漁師 「いや、お説教を聴きたいわけじゃないのです。俺が訊きたいのは、魂を棄てる方法です」

神父 「今、なんと?」

漁師 「だから、魂を棄てる方法ですよ。俺は人魚姫と結婚したいけど、魂が邪魔なのです」

神父 「罰当たりな!神様が人間に与えた、最も貴重な贈り物。それが魂です。清らかな魂を持つ者だけが、天国へ行けるのです。それを無下にするなんて、あなたは地獄に堕ちたいのか?」

町人1 「そうよ、そうよ!神父様の言うとおりだわ!」

町人2 「この不信心者(ぶしんじんもの)!」

 「信者たちは興奮気味に拳を振り回し、漁師は身の危険を感じて退散した。神父は信者たちをなだめ、立ち話を再開した」


シーン③ 漁師は商人に、魔女と会う方法を教わる(3分)


 「しばらく道を行くと、漁師は、商人が店の前で、手を叩いて客引きをしているところに出くわした」

商人 「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。そこの綺麗なお姉さん、お安くしときますよ。どうぞ、お手に取ってご覧ください。そこのお兄さん、なにをしょんぼりしているんだい?まぁこっちに来て、うちの商品を見ていってよ。買い物をすれば楽しくなるって。それとも、なにか売りたい物はないかい?」

漁師 「あるぞ。神父様は「神様が人間に与えた最も貴重なもの」と言った。だが、俺には必要のないものだ」

商人 「なんだいそれは?謎かけかい」

漁師 「魂さ。俺の魂を買ってくれ」

商人 「(笑う)魂なんて、なんの値打ちもない。そんなものを貰っても困るよ」

漁師 「値打ちがない?でも、神父様は…」

商人 「さぁさぁ、冷やかしなら帰っておくれ。商売の邪魔だよ」

漁師 「違う!冷やかしじゃない。そうか、わかったよ。じゃあ、逆に金を払うから引き取ってくれないか。貯えをぜんぶ持ってきたのだ。どうせ金なんか要らなくなるし」

 「漁師は懐から金の入った袋を出し、商人に差し出した。漁師はけして裕福ではなかったが、それでも、さすがに貯えすべてともなると、それなりの金額だった。それを見て、商人は考え深げに言った」

商人 「なるほど、本気のようだな。それなら、「魔女」に相談してみると良い」

漁師 「魔女だと⁉」

商人 「しっ!誰かに訊かれたらどうする…この国じゃ、魔術はご法度だ。だが、隠れて取引する者は少なくない。俺みたいに」

漁師 「そうなのか。で、どこへ行けば、その魔女に会えるのだ?」

商人 「あんた、怖くないのかい?」

漁師 「どのみち、魂を棄てれば地獄行きだしなぁ」

商人 「そうか。なら、これは仲介料としていただくよ」

 「漁師は頷き、商人は金の袋を懐に仕舞った」

商人 「いいか?満月の夜を待つのだ。そしてあの、「魔物が出る」と噂の森を、一人で歩いて行け。月の光を通して、魔女があんたを見るだろう。魔女があんたを気に入れば、会ってくれる。会ってくれなくても、俺の知ったことじゃないけどね」

漁師 「なるほど、うまいやり方だな。嘘だとしても確かめようがない。騙されて馬鹿を見るだけかも知れないが、それでも、やってみるさ」



シーン④ 漁師は魔女に魂の棄て方を教わる。漁師と魂は分裂する(5分半)


 「時が経ち、とうとう満月の夜がやってきた。漁師は商人に言われた通り、人気のない森を一人で歩いて行った。すると、月の光がまっすぐに下りてきて、漁師を照らした。どうやら、魔女が漁師を観察しているらしかった」

魔女 「あーら、けっこうハンサムじゃないの。しかも純粋そう。気に入ったわ。あの商人の男、私の好みがわかっているようね。ご褒美をあげなくちゃ。ご褒美をあげなくちゃ。そうねぇ、カエルにしてやろうかしら?うふふ」

漁師 「誰だ?どこにいる?出てこい!」

 「漁師が叫ぶと、今度は怪しげな紫の煙が、あたりに立ち込めた。その煙が晴れると、見知らぬ女が現れた」

漁師 「あんたが…魔女か?」

魔女 「正解。あんた賢いわ。私は魔女。みんなそう呼ぶ。みんなそう呼ぶ」

漁師 「あんたにお願いしたいことがあるのだが、代償は大きいのだろうな…」

魔女 「かもね。でも、あんたの望みを叶えられるのは、私だけよ。私はね、なんでも知っているの。なんでも知っているの。お月様をあの空から、引きずりおろす方法だって、知っているの。敵を呪うのも、死者を起こすのも簡単よ。惚れ薬だって作れるし、石ころを、ダイヤモンドにだってできるのよ。さぁ、言ってごらんなさい。言ってごらんなさい」

漁師 「魂を棄てるには、どうしたら良い?」

魔女 「(息をのむ)恐ろしいこと!あんた地獄に堕ちたいの?」

漁師 「良いさ。俺の望みは、人魚姫と結婚することなのだから」

魔女 「人魚姫?ああ、なんだ。あんな魂のない小娘が好きなの?ふん、悪趣味なこと」

漁師 「なんだ?ひょっとしてできないのか?」

魔女 「できるわよ!いいわ、その願い叶えてあげる。そのかわり、私と一曲踊るのよ。美しいお兄さん」

漁師 「え、踊る?そんなことで良いのか?よし、わかった」

 「どこからともなく、無気味な音楽が聞こえてきた。どうやら、
魔女の魔法らしい。二人は踊りを踊った。すると、漁師の影だけが、主(あるじ)に逆らって動き始めた」

魔女 「ほら、あいつ!あの影よ。あれがあんたの魂。魔法であぶり出してやったわ。さあ、この魔法のハサミを使って、足元から切り離すのよ」

漁師 「こうするのか?」

 「漁師は、逃げ惑う影を追いまわし、ついに捕まえた。そして、魔女に言われた通り、魔法のハサミで、ジョキン、と影を切り離した。影は泣き叫んで言った」

 「酷い!どうしてこんなことを?私はあなたの魂だ。生まれた時から、ずっといっしょだったのに、なぜ追い出すのですか?」

漁師 「そうとも、俺とお前は、生まれた時からいっしょだった。だが、もう飽き飽きしたのだ。どこへなりと行っちまえ」

 「じゃあ、せめて「心」もいっしょに連れて行かせてください」

漁師 「馬鹿を言え。心がなくちゃ人を愛せないだろ」

 「ねぇ、そんなこと言わないで。後生ですから、心をください。世知辛い世の中です。心も持たずに生きるなんて、不安です」

漁師 「うるさい!しつこいぞ」

 「漁師は、すがりつく魂を突き放した。魂は、地面に倒れたまま、恨めしそうに言った」

 「わかりました。今は身を引きます。でも、また戻ってきますよ。きっとあなたは、私を必要とするはずですから」

漁師 「そんなことあるものか。だが、今日までともに生きたよしみだ。もう一度くらいなら、会ってやってもいいけどな。さぁ、これでやっと、俺は人魚姫と結婚できるぞ!さっさと海へ戻ろう」

魔女 「ああ、ちょっと、待ちなさいよ、あんた…」

 「魔女は、漁師を引き留めようとしたが、喜び勇んで走り去る漁師に、追いつくことができなかった。一方、心と体から引き離された魂は、力なくくずおれたままだった」



シーン⑤ 海の王、漁師と人魚姫の結婚を許し、誓いを立てさせる。
漁師は人魚姫に胸の内を語り、人魚姫は漁師と約束をする。(2分)


 「魂を棄てた漁師は、人魚姫と結婚する許しを得るため、海の王のいる海底の城へとやってきた。海の王は言った」

海の王 「お前は人間だが、確かに魂を持っていない。海の一族になる条件を満たしている。娘の婿として迎え入れよう」

 「それを聞いて、漁師は嬉しさから人魚を抱きしめた」

海の王 「だが、誓いを立ててもらわねばならん。海の一族となったからには、もう、地上の事柄に心を奪われてはいけない。人間であった頃の欲を棄てよ。もしも誓いを破るなら、その身は呪われ、二度と海の世界に戻れなくなるだろう」

 「そう言い残すと、海の王は去って行った。漁師は、妻となった人魚姫に、胸の内を語った」

漁師 「ああ、嬉しいなぁ。これからは、お前とずっといっしょだ」

人魚 「でも、良いのですか?あなたはもともと人間なのに、人としての欲を棄てろと言う誓いは、厳しいように思います」

漁師 「俺は、自分のために生きることに疲れたのだよ。毎日毎日、自分のために漁をして、生きるために生きてきた。俺だって、誰かのために生きてみたかったのだ。それがようやく叶うのだから。こんなに嬉しいことはない」

人魚 「そんなにまで想っていただけるとは。たとえ、あなたが誓いを破ることになっても、私はあなたを離れません」

漁師 「破ったりするものか」



シーン⑥ 魔女と魂は協力関係を結ぶ。(2分半)


 「一方、棄てられた漁師の魂は、魔女と行動を共にしていた。魔女の家には大きな鏡があり、そこから、遠くの場所を見ることができた。魔女はその鏡を使い、漁師と人魚姫が仲睦まじくしている姿を見て、苛立った」

魔女 「ああ、腹が立つ。腹が立つ」

 「私の主のことですか?」

魔女 「私の魔法を、タダで使うなんて、タダで使うなんて!」

 「一曲踊れば良いと言ったのは、あなたでしょう?」

魔女 「あの時は踊りたい気分だったのよ。でも、今は違う。なんでこの私が、自分の気に入った男を、他の女とくっつけるために、
協力してやらなきゃいけないの?しかも大事なハサミを持っていかれたわ。あれは悪魔の創造物で、私の魔法より強いのよ。家宝なのに」

 「なにを言っているのですか。あなたの気まぐれのために、私は心と体を失ったのですよ?生きる希望もね」

魔女 「そんな事どうでもいいけど、あんたが主を取り戻したいのなら、協力してあげるわ」

 「本当に⁉」

魔女 「ええ。だって、その方が面白いじゃない? 他人(ひと)のものを奪うのは、極上の快楽よ。とくに、人の男を奪うのは。しばらく待って、二人がもうお互いに離れられない、と言うほど愛が深まった頃、引き裂いてやるのも一興(いっきょう)ね。一興ね」

 「いい性格していますね」

魔女 「自分の欲望のためだけに生きているの。生きているの。心なんか、とっくの昔に悪魔に捧げたから、持ってないの。なにをしたって良心の咎めがないって、最高よ」

 「私と主だって、以前は自分のために生きていたんですよ。それなのに、突然現れたあの人魚のせいで、主の心は愛でいっぱいになってしまった。もう、私が入る隙間はありません」

魔女 「あの男をうまく誘惑して、海の王との誓いを破らせば良いの。そしたら、あんたは主を取り戻せる。ね、協力しましょう。協力しましょう」

n 「魂は頷き、二人は手を結んだ」


シーン⑦ 魂は漁師を誘惑する。漁師は誘惑に勝つ。漁師と魂は祭りを見に行く。(6分)


 「数年が経過し、漁師の魂は、自分の主のもとへ帰ってきた。魂は海に向かって叫んだ」

 「おーい、私は戻ってきました。もう一度会ってくれる約束でしょう?
陸に上がってきてください」

 「その声、と言うよりも、自分の魂の「気配」を感じ取り、漁師は陸へ上がった。漁師の体は、海での暮らしに慣れてしまっていたが、海の王にお願いして、魂との約束を果たせるよう、特別に計らってもらったのだ」

漁師 「久しぶりだな、俺の魂」

  「お久しぶりです。私の主」

漁師 「俺はこの数年間、お前のことなんかすっかり忘れてしまうぐらい、楽しく過ごしていたよ。でも約束は約束だ。仕方なく出てきてやったぞ」

 「やれやれ、小さく収まったものですね。昔のあなたは、もっと野心があったのに」

漁師 「なんだと?」

 「私は、あなたと別れた日から、ずっと世界を旅していました。ひとところに留まっていては、決してできない冒険です。そして、世にも珍しい宝物を、いくつか手に入れました。それを、あなたに見せてあげようと思いましてね」

漁師 「ちょっと興味が沸いてきたな。どんな宝だ?」

 「まず、この「鏡」を見てください。これは東洋人が、「知恵の鏡」と呼ぶものです。神々の住む寺院で崇められていました。これを所有する人は、神のように、何でも見通せるようになるのです。どうですか?また私といっしょになれば、この鏡はあなたのものですよ」

漁師 「神のようになれるとは、すごいなぁ!だがしかし、そんな貴重なものを、お前はどうやって手に入れた?それにその汚れ。赤い錆かと思ったが、もしかすると…血か?」

 「漁師が疑いの目で見るので、魂は「知恵の鏡」を隠した」

 「これは、寺院の坊さんがくれたのですよ…「知恵」に興味がないなら、この「富の指輪」はどうです?ほら、宝石がたくさんついていて、綺麗でしょう?この指輪は、南の大きな国を治める、皇帝からいただいたものです。ただの指輪じゃありませんよ。財宝の在処を示す鍵になっているのです。これを所有すれば、世界一の金持ちです」

漁師 「世界一の金持ちか。そんなものに憧れたこともあったな。だが、どうも腑に落ちないな。なぜ皇帝は、お前に指輪をくれたのだ?気のせいか?なんだかその指輪から…血の匂いがするが」

 「そんなの、どうでもいいじゃないですか。また私といっしょになってくれるのですか?くれないのですか?」

漁師 「そうだな。人魚姫と結ばれる前の俺なら、お前の誘惑に負けたかも知れない。だが俺は変わったのだ。もう自分のためには生きない。それに、知恵も富も、愛には勝らない」

 「馬鹿げたことを!最上の知恵や富に比べたら、あなたの恋人なんてちっぽけだ。私は世界を見てきたが、美しい女はいくらでもいた。私が持っている宝の方が、価値は上だ。ほら、他にも色々ありますよ。ほら、ほら…」

 「魂は、「知恵の鏡」と「富の指輪」以外に、色々な宝を漁師の前に出して見せた。しかし、漁師は左右に首を振った」

漁師 「無駄だ。心を持たないお前にはわからないだろうが、愛はすべてに勝るのだ」

 「心がないのは、お前のせいだ!お前が心をくれなかったから、私は善も悪も、わからなくなったのだ。そして魔女に言われるまま、この手を血に染めた…」

漁師
 「いったいなんの話をしている?」

 「いえ、なんでもありません。でも、私が愛を分かっていないと言うならば、あなたは、心を持たずに世界をさ迷い歩いた、私の苦しみを知りません」

漁師 「わかってやれなくてすまない」

 「二人の間に沈黙が落ちた。やがて、遠くから祭りの音楽が聞こえてきた」

漁師 「あれは…祭りの音か」

 「そのようです。それがどうかしましたか?」

漁師 「いや、つい懐かしくなってしまって」

 「そう言えば、あなたは子供の頃からお祭りが好きでしたね。お金もないのに、遠くからパレードを眺めていた。そして、踊り子の女性を好きになった」

漁師 「そんなことがあったかなぁ」

 「とぼけたって無駄ですよ。私はあなたの魂だからわかるのです。そうだ!これから、祭りを見物しに行きましょう」

漁師 「いや、ダメだ、ダメだ!俺は海の王に誓ったのだ。人間の頃の欲を棄てると」

 「ちょっとだけです。ちょっとだけ。海の王にだってバレやしません。さぁ、グズグズしないで、早く追いかけないと、行ってしまいますよ。ほら早く!」

 「魂は強引に漁師の手を掴み、祭りが行なわれている町の広場まで、引っ張って行った」


シーン⑧ 漁師は魂にそそのかされ、魔女を殺害する。(5分半)


 「町は、年に一度の祭りで大賑わいだった。町の外からも人が集まり、埋もれてしまいそうなほどだった」

漁師 「すごい人混みだ。全然見えないな」

 「この背の高いやつ、邪魔ですね。殴り倒してしまいなさい」

 「漁師は、魂に言われるまま、前を並ぶ長身の男に殴りかかった。男は不意を突かれたので、一撃で気を失い、倒れてしまった」

漁師 「はっ、お、俺は今なにをしたのだ?」

 「邪魔者を蹴散らしただけですよ」

漁師 「冗談じゃない!俺は暴力が嫌いだ。喧嘩もしたことがないのに」

 「心配しなくても大丈夫。気を失っているし、誰にも見られていない」

漁師 「そういう問題じゃないだろう!」

 「漁師と魂が言い合いをしていると、そこに、踊り子が現れた。踊り子は見物人たちに、愛想良く笑顔を振りまいた。その愛らしい姿に、漁師は目を奪われてしまった。魂は言った」

 「私は、あなたの考えがわかりますよ。あの踊り子の娘を見て、気付いてしまったのです」

漁師 「なにを?」

 「人魚姫に対して抱いていた、密かな不満です」

漁師 「俺は人魚姫に不満なんかない」

 「私に嘘は通用しません。あなたの魂なのですから。あなたの恋人には、そう、“足”がない。足がないから踊れない。見てください。あの踊り子の美しい白い足。優雅に踊る姿を。さぁ、もっと自分に素直になりなさい」

 「踊り子は、漁師に目配せをして、人気のない路地裏へと誘導した。そして、漁師は迫られるまま、踊り子とキスをしたのだった。 ところが、二人の唇が離れるやいなや、踊り子は高笑いをして、こう言った」

踊り子(魔女) 「お兄さん、お久しぶり。私を覚えている?私を覚えている?」

漁師 「どこかで会っただろうか」

魔女 「すっかり騙されちゃって。私はあの時の魔女よ。今のキスで、あなたの心は人魚姫から離れた。ほんの一瞬だけど、それでじゅうぶん。それでじゅうぶん。海の王との誓いを破ったら、どうなるかしら?どうなるかしら?」

 「踊り子が変身を解くと、魔女が姿を現した」

漁師 「お前だったのか!なぜこんなことを?」

魔女 「あんたの絶望する顔が見たかったから。そう、その顔よ。その顔よ。どう?私が憎い?殺したい?でも残念。あんたに私は殺せない。私は、私の魔法で守られているからね。ざまあ見ろ。ざまあ見ろ」

漁師 「なんて性悪な女だ」

 「憎いなら殺してしまいなさい。大丈夫。殺す方法はあります」

 「魂は漁師に耳打ちをした。漁師は、魂の入れ知恵にしたがい、魔女を騙すために言った」

漁師 「いや、魔女。俺はお前を憎んでない。また会えて嬉しいのだ。海での暮らしは退屈だった。お前の方が人魚姫より美人だし、踊りも踊れる。また踊ってくれないか。あの時みたいに」

魔女 「え、本当に?」

漁師 「ああ、こっちに来てくれ」

 「魔女はまんざらでもなさそうに、漁師の手をとった。しかし漁師は、魔女の体に魔法のハサミを突き刺した。魔女は、傷口から血を流しながら絶叫し、そして死んだ。漁師は自分のしたことに怯え、ハサミを投げ捨てた」

漁師 「お、俺はなんて恐ろしいことを!」

 「ね?言ったでしょう?その、悪魔が創ったハサミなら、魔女を殺せるって」

漁師 「殺す気なんてなかった!お前がそそのかしたのだ!」

 「別にいいじゃないですか。私もこの女は嫌いです。地上の宝で誘惑すれば、主を取り戻せるなんて、適当なことを言いやがって。しかし、自分がこんな最期を迎えるなんて、予想もしなかったでしょうね」

漁師 「悪党め!お前のせいで、俺は人殺しになってしまった。もう後戻りできないのだ」


シーン⑨ 漁師と魂は、魔法の鏡を使い、人魚姫と海の王の会話を聴く。漁師は人魚姫を救いに行く。(5分)


 「漁師は魂に連れられて、魔女の家へとやってきた。そこには、遠くを見通すことのできる、魔法の鏡があるからだ。二人は、魔法の鏡で海の国の様子を見た。鏡には、海の王と人魚姫が映っていた」

人魚姫 「お呼びでございますか?お父様」

海の王 「娘よ。わしは海の王であり、海の種族に関することは、なんでも見通しておる。たとえ、元は人間であったとしても、その者の行動を把握できるのだ」

人魚姫 「元は人間?それはもしや、私の夫のことをおっしゃっているのですか?」

海の王 「そうだ。わしは、お前の夫が、自分の魂との約束を果たすため、一度限り地上に出ることを許した。だが、やつは地上の女に心を奪われ、お前を裏切った。欲望に負けたのだ。よって、やつをこの海の国から追放する!」

人魚姫 「お待ちください、お父様。あの人は私のために魂を棄てました。もう、自分のために生きることはしないと誓ったのです。ですから、これにはきっと訳があるはずです」

海の王 「わしに意見するとは…お前はあの男と暮らすうちに、変わってしまったな。まるで人間のようだ」

人魚姫 「そんなことはありません」

海の王 「いいや、確かに変わった。魂が宿りかけているのだ。海の一族に、そんなものは不要。さぁ、こちらにこい。わしが、お前の出来損ないの魂を、切り離してやる」

 「海の王は、魔法のハサミで人魚姫の魂を切り離そうとした。それは、魔女が持っていたものとは違い、海の王自身が創ったものだった。人魚姫は海の王から顔を背け、拒絶の意思を示した」

人魚姫 「嫌です!」

海の王 「愚か者。ならば、お前も追放せざるを得ない。魂を持つことは許されん」

人魚姫 「く、苦しい」

海の王 「お前の体は海の中で生きられなくなる。さぁ、死にたくなければ急いで陸に上がれ。間に合うかどうかはわからんがな」

 「鏡の中の人魚姫は、苦しみ悶えながら、水面に向かって懸命に泳いだ。愛する人が苦しむ姿を見て、漁師は叫んだ」

漁師 「なんてことだ!海の王は、自分の娘を殺す気か?」

  「そのようです。でも、どうでもいいじゃないですか。どのみち、あなたはもう海の国には帰れませんし、彼女と再会できる見込みは元々なかった」

漁師 「たとえ、もう二度と会えないとしても、彼女にだけは生きていて欲しかったのに」

  「それも望めませんね。海で生まれた者が、海の王に逆らって生きられるはずがない。さぁ、人魚姫のことはもう忘れて、私たちは第二の人生を生きましょう。幸い、人殺しと言っても、相手は魔女ですし、お咎めはなしです。私がこのねぐらを知っていて良かったですね。この魔法の鏡の他にも、便利なものがありそうです。ここにいればしばらくは安泰ですよ」

 「漁師は、魂の言うことには耳を貸さず、黙って魔女の家を出た。魂はその後を追った」

 「何をしているのですか?」

漁師 「決まっているだろう。人魚姫を助けに行くのだ」

 「どうやって?あの娘は陸に上がる前に死ぬでしょうし、あなたは海に入れません。いや、海に近づくだけでも危険かもしれません」

漁師 「わかっている。でも、俺は愛する人のために、できることはすべてやるのだ」

 「待ってください…待ちなさい!」

 「漁師は行ってしまい、魂は独り言を言った」

 「私の言葉も通用しなかった…それほど、主は人魚姫を愛しているというわけか。このままでは、主は死んでしまう。いや、死なせるわけにはいかない!」

 「魂は、どんなことをしてでも主を止めようと、後を追って行った」


シーン⑩ 漁師は人魚姫を救出に向かうが、二人とも死んでしまう。
漁師は死の間際に、ようやく魂と一つになる。(5分)


 「海は大嵐だった。漁師は暴風雨に抵抗しながら、愛する人魚姫を探した」

漁師 「おーい!人魚姫、どこにいるのだ?」

 「漁師の叫び声は、風と、雨と、高波の音と、雷鳴にかき消されたが、自分自身の魂の声だけは、はっきりと頭の中に響いて聞こえた」

 「ほら、私の言った通りじゃないですか!海の王が怒り狂って、嵐を起こしているのです。避難してください。あなたが死んだら、私も消えてしまう」

漁師 「悪いが、それはできない」

 「なぜ?命より大切なものはないのに。そうか、主。あなたは気が狂っているのだ。可哀想に。さぁ、その体を私に明け渡してください。安全なところまで運びます」

 「魂は漁師の体に飛び込もうとしたが、はじかれてしまった」

 「うう、あなたの心は、人魚姫への愛でいっぱいだ。どうやったって入ることが出来ない。くそう、くそう」

 「その時、漁師と魂は、同時に、人魚姫の声を聴きとった。その声は、嵐の音にほとんどかき消されていたので、気のせいかとも思ったが、白く泡立った高波の合間に、確かにその姿をとらえた」

人魚姫 「助けて、助けて」

漁師 「人魚姫!」

人魚姫 「海の水が、まるで毒のよう」

 「人魚姫は、漁師の姿に気がついて言った」

人魚姫 「だめ!この海は呪われている。来れば、あなたも死んでしまう」

漁師
 「待っていろ、今助ける!」

 「漁師は海に飛び込んだ。そして、なんとか人魚を岩場まで運んだが、自分も海の王に呪われた身であるがゆえに、苦しみ呻いた。しかし、自分の苦しみよりも、人魚姫の苦しんでいる姿を見る方が、耐え難かった」

漁師 「俺の可愛い人。こんなに弱り果てて…いったい、どうして海の王に
逆らったりしたのだ?」

人魚姫 「あ、あなたと会う前、私は、自分のために生きたことがありませんでした」

漁師 「俺は逆だ。自分のためにしか生きたことがなかった」

人魚姫 「あなたが私のために魂を棄てたから、私はあなたのために魂を得た。それまでの命が無意味に思えるくらいに、あなたは私を変えました。心と、体と、魂が、一つになって、やっとあなたと同じ、人間に…」

漁師 「人魚姫?人魚姫!おい、返事をしてくれ」

 「人魚姫はこと切れ、漁師の腕の中でぐったりとした。漁師は人魚姫を抱いたまま、動くことができなかった。魂は言った」

 「主、人魚姫は…いいえ、その人は死んだのですか?残念です。私はようやく、その人のことが好きになったのに。その人は、あなたのために死にました。だから私も、その人のために死ぬのが当然のように思えるのです。不思議ですね。…主?どうしてあなたまで動かないのですか?そんな、まさかそんな…!」

 「魂は漁師を抱きしめた。すっかり冷えてしまったその体に、まだ暖かいところがあった。それは、漁師の「心」で、ひび割れてはいたが、眩いほどに光り輝いていた」

 「ああ、これは確かに私の心だ。ずっと欲しかった、私と主の心。この溢れ出る光が「愛」なのか?なんて暖かいんだ。これを取り戻したのだから、私はもう孤独じゃない。地獄だって恐れるものか」

 「魂は、「心」を持ったまま漁師を抱きしめた。そして、ようやく主とひとつになった。漁師の心と、体と、魂が、ひとつに。やがて高波がやってきて、漁師と人魚姫の亡骸をさらって行った」


シーン⑪ 神父は「魂の花」の香りをかいで、愛の尊さを知る。(5分半)


 「大嵐の日から、一年が過ぎた頃。町の教会の周りでは、誰も名前を知らない美しい花が咲き乱れていた。その花畑で、小さな子供が遊んでいた。子供は、きちんとした身なりをしていたが、遊んで走り回っていたので、靴は泥だらけだった。水たまりの中に一匹のカエルがいて、それを捕まえようと追っていたのだ」

子供 「待て、待て」

 「子供は屈んで、ついにカエルを捕まえた。そこに母親がやってきて言った」

母親(町人1) 「こら、動物を虐めちゃいけないよ。それに、お祈りの最中に逃げ出したらどうするの」

子供 「ママ、このカエルはきっと、魔女に姿を変えられた人間なの。だから家で飼ってあげよう」

母親 「まぁ、何を言い出すかと思えば、魔女だなんて!口に出すのもおぞましいよ。ああ、ちょうど良かった。神父様が来た。親の言うことが訊けないのなら、神父様に厳しく叱ってもらわないとね」

 「神父は母親を見つけると、挨拶の言葉を交わした」

神父 「こんにちは、奥さん。どうかしましたか?」

母親 「うちの子が言うことを訊かないのです。どうか叱ってやってください。悪いことをすると、地獄に堕ちるって」

 「その時、ふいに大きな風が吹いて、母親と神父の会話を遮った。風は、花の香りを運んできた。神父はその香りを嗅いで、優しい気持ちでいっぱいになった。そしてこう言った」

神父 「いいえ、奥さん。神様は愛情深い方です。こんないたいけな子を、地獄に落としたりしません。悪気があったわけではないのですから。さぁ、良い子だから、そのカエルを放してきておやり」

 「神父がいつもと違って優しい態度を示すので、母親も子供も、ポカンとなってしまった。子供は頷くと、カエルを逃がしに行った。母親も、神父に頭を下げてから、その後を追った。二人が去ってから、神父は首をかしげた」

神父 「私らしくもない。いつもなら「罪人は地獄に堕ちる」と脅してやるところだ。だが、今日はとてもそんな気になれない。なぜだろう」

 「神父は、足元に咲く花に気がつき、一輪摘みとった」

神父 「この花はなんだ?甘くて、それでいて切なく、胸がしめつけられるような香りだ」

 「そこへ、一人の男が通りがかり、神父に言った」

町人2 「神父様、どうされましたか?」

神父
  「あなたはこの花の名前を知っていますか?」

町人2 「ああ、それは「罪人のさらし場」に咲く、名前のない花ですよ。あの大嵐の日に、海岸に、若い男の亡骸が打ち上げられたのを、覚えておられますか?人魚と結婚するために魂を棄てた、罪深い漁師ですよ。亡骸は埋葬されず、さらし場に捨てられました。そこに、この花が咲いたのです。誰も見たことがなくて、名前を知らない花でした。しかも、その香りを嗅ぐと、妙に心がいっぱいになって、泣けてくるので、気味が悪いと噂されていました。しかし、いつの間にこんなところにまで、種を飛ばしていたのでしょう」

 「神父と男は、花畑を一望した。その光景は、気味が悪いどころか、まるで天国のようだった。名もない白い花たちは、風に揺られて、煌めいていた。確かに、その香りを嗅ぐと、不思議な感情がこみ上げた。それで、神父はこう言った」

神父 「今日の説教では、地獄について語るのではなく、代わりに愛について語るとしよう。誰もが罪を負って生まれるのなら、なおのこと」

                                       終



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