学生から医師になるまで(卒業〜研修医、その後まで)
こんにちは、整形外科バンドマンのSAKUです。
今年で僕は医師10年目。
本日は学生から医師になる流れについて解説してみたいと思います。
ちなみに以前ラジオでも少しこの辺は話しました↓
良かったら聴いてみてください。
それでは解説していきましょう。
※ちなみにあくまで2011年卒の自分の流れです。研修医制度も変わってきているので、現在とは違う可能性があるのをご了承ください。
まずは医学部入学
国立あるいは私立大学の医学部「医学科」に入学します。
医学部というのは「看護科」やその他もあるので、細かい話ですが「医学科」に入学して医者になります。
6年で卒業
医学部は6年制です。
通常の大学は4年制なので2年長いです。早くて24歳で入職です。
最初の1年は「一般教養」と言って他の学部の人たちと一緒に授業を受け、2年目から大学病院に併設された医学部キャンパスで、医学の授業を受けます。
ちなみにざっくり
1年目 → 一般教養
2年目 → 基礎医学(人体解剖をここでやる)
3年目→ 臨床医学とCBT?
4年目 → 臨床医学とテスト(移行試験)
5年目 → ポリクリ(実際に病院に出ての研修)
6年目 → 卒業試験
みたいな流れです。
2年目と4年目、言わずもがな6年目がテストが大変で、奇数学年は割と時間があるので部活にみんな部活に打ち込んでました。
2年目の特にテストが大変でうちの大学は20人近く留年させられます。
#僕は何とか逃げ切りました
#医学部はとにかくテストがエグい印象
6年目の最後の医師国家試験を受けて、合格したら晴れて医師免許ゲットです。
国家試験は3日間連続の筆記試験で、国家試験の準備というより試験自体が地獄でした。
#2日目くらいで結構アップアップでした
卒業後から研修医までの流れ
卒業前に「マッチング」なるシステムを基に、研修を受けたい病院を決まります。つまり就活がないんですね。
昔、例えば同じく医師である父の時代は、卒業した病院で研修するのが当たり前だったそうです。しかし僕が卒業した頃の臨床研修制度では自由に病院選べました。(多分今もそう)
僕は地方大学の医学部でしたが、父が元々都内の大学病院出身、かつ母もその病院の元看護師だったので、もう入学くらいからその都内の大学病院で研修しようと決めてました。
音楽の最新の情報に触れるにも、就職は都内がいいなっていう下心もありました。
初期研修医
初期研修は、2年間です。
ちなみに研修医とは
「臨床研修を受けている医師」
なので、たまに学生扱いする患者さんがいますが、立派に医師です。手術含めて、やろうと思えば医師が行える全ての手技を行うことができます。
#だから舐めてはいけません
僕が受けた研修プログラムは、ざっくり
1年目 → 内科・外科・救急
2年目 → 麻酔科・小児科・産婦人科・精神科などの必修科と選択科
を回るって感じでした。選択科は、僕は整形外科を長めにとりました。
3年目からなるべく良いスタートダッシュを切れるようにです。
ちなみに1年目は某大学病院の関連病院で、2年目は本院で研修する「たすき掛け」って言うプランで研修を受けました。
どうやって科を決めるの?
自由に決められます。
2年目の秋くらいに決めて、NSCみたいに事実上誰でも受かる面接受けて、3年目に晴れて専門科で仕事スタート、って感じです。
科に入ることを「入局」と言います。
医局員(その科に属している医者)は多ければ多いほど仕事や研究が回るので、部活の勧誘に近い感じテンションで、研修医中に回る科回る科でちょっとした接待飲み会があったりしました。
#接待と言っても過激なことはしてないよ
#整形外科は六本木や麻布が多かったです
僕は元々(音楽とトピックが近いと思っていたため)精神科を志望していた時期もあったのですが、早い段階で整形外科に変えました。
1番最初に研修した循環器内科や、父の関係者も多いため勧誘が多かった外科とも迷っていた時期がありましたが、やっぱり整形!と思い、整形外科に入局しました。
#基本外科系が好きだった
#なんで整形外科選んだから今度書きたい
当時の整形外科の先生たちのノリが大好きだった、というのも決め手になりました。
整形外科医って基本ノリがいいんですよ。
#整形外科はチャラいと言われる由縁
後期研修医とは
医師3年目、4年目がこれに当たると解釈しています。(違っていたらすいません。)ちなみに一般的に「研修医」と言ったら初期研修医を指すので、後期研修医は研修医とは呼ばないですね。
医師3年目つまり入局1年目は、歓迎会で芸をやったりと、いわゆる新入社員っぽいっことをけっこうやりました。
#多分もうないかも
#悲しいけどもう古いのかも
僕は同期が20人くらいいたので、それはそれはワイワイ芸の練習したり、みんなで良く仕事終わりに飲みにいったりしました。
#青春だったなぁ
4年目以降は関連病院に出向する
入った医局にもよりますが、4年目以降は大学病院の関連病院に出向します。本社が大学病院、そこから派遣されるというかイメージで間違いないです。
これは経験を積むためです。病院によって患者層が違うからなんですね。
#大学病院は難しい症例が多い
#地方の病院は外傷が多い
僕は4年目は、群馬の病院に行きました。ドクターヘリが飛んでくる病院で、多分医療関係者でない人が見たら目を覆いたくなるようなエグい外傷をたくさんたくさん診させて頂きました。
#僕は割と好きです
#コードブルー
鬼のようなオペの日々でした。多分1年で小さいもの含め200件近く執刀させて頂いたと思います。
これ以降は専門医取得を目指す「専攻医」という名前に変わるみたいです。
ここからは、整形外科内のどの班(脊椎班、上肢班、下肢班、腫瘍班)を選んだかで道のりは変わります。
まとめ
如何でしたでしょうか。
僕らからすると、当然の流れなんですが、よく考えたら僕らって
・就活がない
・科の選択も自由
と、変わった就職の流れですよね。
そして医師としての技量は、もちろん勉強することも大事なのですが
「どんな症例に出会えたか」
「またどんな先生から吸収できたか」
などの経験、そして
「これは危ないな」
と感じられるセンス
がものを言う世界なのでそれも含め、改めて
「医者っていう仕事は、やっぱりめちゃくちゃ変わってるな」
と本ブログを書いてみて、感じました。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
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