未来の学校

「それでは次の議題、立野先生」
 夏の日。太陽。入道雲。シワシワシワシワ。
「えー、立野です。お手元の資料にあるように、生徒のゲート使用許可の是非について話しあえればと思います」
 立野は立ち上がる。紙をめくる音が響く。
「あー、保護者の、えーと、方から何件か登下校時のゲートの利用についてのご質問を、先日の保護者会で頂きました。ワーキンググループで話し合った結果、使用を認める方向で進められればと思います」
 少しのざわつき。誰かの咳払い。
「事前にお配りした資料を参考にしていただければ、うー、いいんですけど、かいつまんで言うと、①登下校時のリスク軽減②生徒たちの負担軽減の二つの柱で考えております」
 タイプ音。ツクツクボウシ。「それでは」副校長の声。「質問やご意見などございますか」
「じゃあ私から」教務主任の飯山が立つ。一呼吸。「いくつかあるんですが、まず、ゲートについては、経済状況から、持っていないご家庭もあるのではないかなと思います。なかなか全員が使える状況にならないと、不公平感が出る不安がございます」
 椅子のきしむ音が二回。
「えー、それは、資料の二ページを」紙が擦れる。波のように。「事前にとりましたアンケートで、九割のご家庭がゲートを持っており、使用経験もあるということでした。持っていない、使用経験がないというご家庭の理由としては、①経済的困難②思想信条の二つが大きな理由として挙げられています」
「それでは」飯山。「残りの一割はどのようにしたらよいとお考えですか」
「え、それについては、①経済的な困難理由のご家庭については、教育委員会もしくは区役所よりゲートの貸出が行えます」シワシワシワシワシワ。「②の思想信条については、各ご家庭の判断ですので、必ず利用を強制するものではないことをお伝えすればよいのではないか、そう考えております」
「ありがとうございます」
 くしゃみ。エアコンの操作音。ピッピッ。
「飯山先生」副校長。「他によろしいですか」
「とりあえずは」
 沈黙。「それではこの議題についてですが」「ちょっと」
 指導総括の久住が手を挙げる。どうぞと副校長が促す。
「立野先生、わかりやすい資料のご提示ありがとうございます。こちらも勉強になりました」にこりと久住。立野は汗を拭く。「アンケートなどもご準備大変でしたね。私も概ね賛成ではあるんですが、やはり一割の子どもが気になります。ゲートの貸出はどのように行われるか、立野先生はご存じですか」
 止まる立野。翳る空。野球部のかけ声。
「本校は特例措置の範囲外にあるので、基本的にはゲートの輸送にもゲートが必要になります。となると」貧乏ゆすり。「輸送の際は恐らく教職員のゲートを使用するでしょう。ただ、それだと、周りの子どもたちに、誰がゲートの貸出を行ったかわかってしまいます」
 見回す久住。立野はじっと資料を見つめる。
「要するに、あの家はゲートを買うお金もないんだな、と思われるということです。うちの生徒たちに限ってないとは思いますが、そういう所から、いじめのようなものが起こってしまうのではないか、私としてはその点が気になるのですが、どうお考えになりますか」
「えー」立野。「生徒の、いー、いない時間帯を選んで、で、運ぶというのは、どうでしょうか」
「生徒のいない時間帯」思案する顔。「本校は部活も遅くまで行うので、夜かかなりの早朝ということでしょうか」
「それなら」
 飯山が立つ。じろりと久住。「名目上は学校側がゲートを借りるのはどうでしょうか。そして、それを貸与品として必要な家庭に、直接職員が配布しに行く。これなら生徒に見られることはないのではないでしょうか。他校での実践例もあります」
 金属の快音。弧を描くボール。
「貴重な意見ありがとうございます」久住は座る。「私も反対というわけではなくて、生徒の心情とか、やっぱりそういうところが気になってしまったものですから」
「それでは」副校長。「今回の議題についてですが」「あー、少しいいかな」
 校長の津村が声をかける。口を開く。
「教育の本質って、皆さんはなんだと思いますか」沈黙。「授業や学級経営でしょうか。それも大切です。でも、私は、子ども同士の時間をいかにつくるか、そういう〈遊び〉の部分が本質だと思うんですよ。ほら、ハンドルだって〈遊び〉があるでしょ」
 何人かの職員は車を思い浮かべる。何人かの職員は子どもが駆け回る校庭を思い浮かべる。「登下校時、皆さんは黙って帰ってたわけじゃないでしょ。今日の授業の楽しかったことを話したり、遊ぶ約束をしたり、ちょっと知らない道を探検してみたり、葉っぱについてるカタツムリを捕まえたり」職員の頭の中でカタツムリが角を出す。「そういう〈遊び〉の時間が大切だと思うんです。ゲートは便利ですし、効率的です。でも、効率ばかりを求めると、大事なものを見落としてしまう気がするんです。どうでしょうか」
 口を閉じる。名もなき蝉。「では」副校長。「私の方で少しまとめさせて頂きますが、ゲートは原則的には禁止。しかし、ご家庭の事情等で申し出があった場合は、管理職の判断で許可を出す。これでいかがでしょうか」
 小さい頷き。もれる息。紙をまるめる音。
 未来の、科学技術が発達した、未来の学校の、夏の日の風景である。

〈了〉


☺アイデアをそのまま小説にしてはいけないという典型ですね。