花迷路

 生理が来ない、とハルキは言った。モスバーガー、山ぶどうソーダ。
 ハルキの家は丘の上にあって、お城みたいな塔がある。眠り姫が糸を紡いでいたみたいな細長い塔だ。でもその敷地の中にある家は純和風の日本家屋なので、町の下から眺めるとアンバランスで遠近感が狂って、なんだか童話の国、というより異世界に来た気分になる。
 ハルキの父親の仕事をハルキ自身は知らない。母親の言葉を借りるなら、「塀の上の真ん中を歩いているような仕事」と言うことだった。もちろん、塀の右側は檻の中である。少なくとも今は塀の左側を楽しめており、アンバランスながらも異世界の国の豪奢な家に住むことができている。
 学校でもハルキはちょっと浮いていた。どのぐらいかと言えば、他のクラスだけでなく、他の学年と近くの学校にも名前が知れ渡っているぐらいには浮いていた。本人は気にする様子はないし、一緒にいる私も気にはしていない。
「ハナはさ」
 私の名前はハナコという。花に子で花子だ。平成生まれの二十一世紀生まれにせめて華子じゃなくて花子なんて名前をつけるのは正直頭がおかしいと思うのだが、両親の中では三周ぐらい回って新鮮味があったのだろう。ハルキは私の気持ちを汲んで、「ハナ」と縮めて呼んでくれている。そして、時々同じ名前の雑誌をこれみよがしに私の前に置くぐらいの軽妙さももっている。ハルキはそういうヤツなのだ。
「ハナはさ」
 二回繰り返すのがハルキの癖だ。「生理はいつきたの?」
「え、一週間前」
 ぼんやり私は答える。ハルキはそうじゃなくて、「初潮だよ、ショチョー、赤飯」と言う。
「ああ、中学入ったころかな」
 そう言ってから、いや、六年生だったかもしれないと思ったが、どっちでもいいことだった。「え、なに、病院とか行ったの」
「病院はもう行ったんだよ。でもちょっと自分には合わなかった」
 合わなかったんだよな、と、炭酸の泡をひとつひとつストローで丁寧につぶしている。「病院もいろいろあるからね」私は適当に答える。いろいろってなんだ、看護師が不細工とか?
「やっぱり私おかしいかな」
「そうだね」私はポテトを食べる。「まずくない? これ」
「そう?」
 ハルキは私の歯型に切れたポテトを横どる。「まずめだね、油が悪いんじゃない?」
「昨日の油とか」
「十年前の油とか」
「創業以来の秘伝の油とか」
「毎朝継ぎ足しております」
「いやそれはおかしい」
「おかしくない」私は言った。「ハルキはおかしくないよ」
 じっとハルキは私を見つめる。
「ねえキスしていい?」
 いややめてまじで。ハルキは目を閉じてキス顔待ち受けをしていたので「いやお前から来いよ」と頭をはたくとなかなかいい音がした。ので、もう一回叩いた。
 店から出ると「小便」とハルキが言った。最悪ドストレートで回し蹴りをケツに食らわす。「そこはお花摘みだろ」
「花ってなに?」
「バラとか?」めっちゃ痛そう。「スミレが無難」
「セリ」「ナズナ」「ゴギョウハコベラ」「ホトケノザ」「スズナ」「スズシロ」
「イヌノフグリ」
 じゃあといってハルキはトイレに入る。それを見届けてから、私は逆側の女子トイレに入る。パンツもおろさず、スカートのまま便座に座りながら、ハルキのことを考える。そこらへんのところ、ハルキは頭の中でどう折り合いをつけているのか、それとも何も妥協できていないのか、私はあの子の花迷路を思い描く。

〈了〉

☺モスチキンばかり食べていた時期がありました。