サムライジョブで転生して無双するはずだったのにランボーになった件

 たぶん自分ほど現代日本においてサムライについて考えている人間はいないのではないだろうか。「葉隠」? もちろん読んだ。だが「死の覚悟」を謳うものの、江戸という仮想的空間の中で諦観的に生み出された武士像との矛盾が自分には耐えられなかった。最近は「軍法侍用集」を読んでいる。こっちの方がヒリヒリする。
 サムライについて四六時中考えていたいので、アルバイトも外国人向けの和風テーマパークで働いている。自分はもちろんサムライとして勤務している。チョンマゲに刀だ。テーマパークのコンセプトとしては江戸の街ということのようなのだが、設定観は甘い。司馬遼太郎的江戸空間の中で、一体どのようにサムライを示していけるのか、自分は日々鍛錬を続けている。
「オー、サムラーイ」
 自分が出てくると外国人は大喜びする。単純な奴らだ。自分はまだサムライにはなれていないのに、表層だけ見てサムライと判断しているのだ。ハラキリ? そんな簡単にしてたまるか。
 しかし、彼らにとってサムライの定義とは何だろうか。チョンマゲに刀? いや、サムライの心がそんな捉えで終わるなんて考えたくもない。サムライの心が日本人にだけしか理解できないなんて国粋主義者でもない。必ずサムライを極めれば、どんな国の人間だろうと、その真実はきっと伝わるはずだ。
 だから、試しに髷を外してみた。自分はカツラなんて被らないので、頭頂は剃っている。さすがに同僚にぎょっとされたが、お前らの誰よりも自分はサムライの心を持っている。
「オー、サムラーイ」
「ジャパニーズ・ローニン!」
「オチムシャー」
 そうか、そういう捉え方をされるのか。ばったばったと斬り合いをしながら、自分は悩んだ。チョンマゲはサムライ的アイデンティティの中では低いものなのかもしれない。
 ならば刀はどうだろうか。武士にとって刀は魂などと呼ばれているが、自分からしたら噴飯ものだ。刀が折れることなど戦の中ではしょっちゅうある。その時はそのままハラキリして終わるのか。戦い続けることがサムライだ。魂は心の中に持ち続ければいいんだ。
「あれ、アユキ、刀忘れたのか」
 同僚が声をかけてきたが無視をする。お前は自分の心の中にある刀など見えないのだろう。
「オー、サムラー…」
「サムラーイ?」
 素手でばったばったとなぎ倒していく姿は少し異質に映ったようだ。ニンジャ?などという声も飛び交っている。
「古武術!」
 そんな中、何やら詳しそうな外国人が場を制するような声で叫んだ。コブジュツ? オー、ライクカラテ。グレート、ワンダホー。
「マーシャル・サムラーイ!」
 少し自分の中のサムライ感が伝わった気がして嬉しくなった。自分が本当のサムライになれた気がしたのだ。しかし、そこまで考えて慌てて否定した。違う。自分はまだサムライにはなりきれていない。甘ったれるな。それなのに、これもサムライに見えてしまうのは、自分の心に嘘があるからだ。
 思い切って私服で登場してみた。ローリングストーンズの舌を出したTシャツだ。頭は長髪のカツラにした。刀も捨てて、およそサムライから遠そうなモーニングスターにした。
 さすがに登場した自分の姿の異質さを外国人たちは感じたようだ。キアヌ・リーブス?などとよくわからない感想が聞こえる。同僚も戸惑いながら殺陣に参加している。モーニングスターでばったばったとなぎ倒しながら、やはり自分はサムライではないのかもしれない、と、内心のざわめきを抑えることができなかった。
 終わりは唐突に訪れた。上司が駆けつけてきてショーを中止したのだ。自分は舞台の上で上司にこっぴどく叱責された。上司は恨まない。サムライの心を持ち切れなかった自分が悪いのだ。観客はそんな様子をショーの続きのように見守っていたが、やがて小さなコールが起こり始めた。そのコールはさざ波がうねりを帯びたシドニーのホットスポットになるように、重低音を響かせて観客を包み始めた。
「ハーラキリ、ハーラキリ!」
 この状態に上司も慄いていた。しかし、自分は満足だった。ハラキリを認められたのだ。これ以上にサムライとして名誉でないことがあろうか。早速舞台裏に引っ込み、上半身裸になり、こんな時のために用意していた短刀をロッカーからとりだした。
「ハーラキリ、ハーラキリ!」
 コールはまだ続いている。舞台の真ん中に座ると、短刀を腹につきつけた。
 しかし、ハラキリで死ぬことはできなかった。なぜかトラックが突っ込んできて、跳ね飛ばされたのだ。サムライとして死ぬことが許されなかったということは、きっと天はまだ自分を未熟だと判断したのだ。無念である。

                                                        *

 目が覚めると、異世界に転生していた。お前は誰だと聞かれたので、「サムライ」と答えると、その日から自分は「サムライ」としてモンスターを討伐することになった。しかしこの世界には刀はなく、仕方がないので一緒に転生したモーニングスターでばったばったとモンスターを倒していった。この前、川にうつった上半身裸の自分のいでたちを見たが、サムライではなくランボーにしか思えなかった。

〈了〉

☺異世界転生物って一回真面目に書いてみたいですね。一応エクスキューズしておくと、主人公の外国人観には全く共感しません。