【読む刺激】『Ms.マーベル もうフツーじゃないの』

史上初、ムスリムの女性ヒーロー見参!

《初出:『週刊金曜日』2017年12月15日号(1165号)、境分万純名義》

 米国の2大コミック出版社のひとつマーベル・コミックが、2014年から始めたシリーズの翻訳第1弾。
 アメコミ(アメリカンコミック)史上初、ムスリムの女性スーパーヒーローを描く物語で、SF・ファンタジーの優秀作に与えられるヒューゴー賞を受賞している(15年)。

 主人公は16歳の女子高校生カマラ・カーン。
 パキスタン移民2世で、4人家族だ。信仰に沿った生き方をしたがる兄、それは実社会からの逃避ではないかと批判的に見る銀行員の父、子どもたちを故国の伝統に沿うよう育てたいと考える母。

 カマラ自身は、金曜日にはモスクへ通うが、好みも感性も一般的な米国人に近い。
 学校帰りに寄ったデリカテッセンで、ベーコンのおいしそうな匂いがただよってくるが、豚肉食の禁忌があるだけに誘惑と格闘する。米国で生まれ育ったムスリムなら、だれでも「あるある」とうなずきそうな描写だ。

 そんなカマラが、ある日スーパーヒーローに変身し、同級生の危機を目撃する。その同級生は、日ごろからカマラの民族的出自をあげつらう、いけすかないやつだ。あんなのがどうなったって知ったことじゃない、私が助けてやる筋合いはまったくない。
 ――しかし。
 反射的に思いだすのは、その過保護にいつもはうんざりしている父に聞かされてきた『クルアーン』の1節である。

「ひとりを殺すのは全人類を殺すのと同じ。ひとりを救うのは全人類を救うのと同じ」(注)

 原案・編集者は、やはりパキスタン系米国人女性であるサナ・アマナット(Sana Amanat)。著名な非営利団体TED(テド)での講演などによれば、9・11米国同時多発テロ事件発生時に中学生だったアマナットは、それ以来 “テロリストの仲間” とされて壮絶なバッシングに遭った。

 自分のほかは白人生徒しかいない学校で、「あなたの仲間に言ってよ、私たちを攻撃するのはやめてって」という言葉を投げつけられ、絶句したという。私はムスリムだけれど米国人だと思っていたのに。

 傷つき混乱するなかで救いを求めたのは、異形のヒーローが活躍するアメコミ『X-メン』だった。
 そんな少女は長じて、かつての自分のような少女に向けたヒーローの創造者になったのである。なんてカッコイイ「反撃」だろうか。

 5-32;第5章 食卓章 32節

『Ms.マーベル もうフツーじゃないの』
G・ウィロー・ウィルソン、エイドリアン・アルフォナ=著
秋友克也=訳 ヴィレッジブックス
2200円+税 ISBN978-4864913485

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