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網走監獄は現代の我々に必要なものを教えてくれる

どうも、先日5日間北海道で旅行をしていたsakitaです。
その中で、急遽ではあったのですが4日目に網走監獄博物館に見学に行ってきました。
事前の予備知識などはなかったのですが、それでも大変楽しかったので、
今回はその中でも私が特に感銘を受けた内容を3つ書いていきたいと思います。

①北海道開拓の為の網走監獄

網走監獄博物館 庁舎内の展示

明治時代になると、国は近代化に向けて富国強兵政策に乗り出していきました。
その中で、北海道は当時ロシア帝国の脅威にさらされていたこともあり、政府としては国を守るためにもその整備が非常に重要でありました。
一方で、国内の監獄は罪人で満ち溢れており、もはやパンク寸前でした。
そこで、増えすぎた囚人を北海道に送り込んで、廉価で開拓を行わせることで監獄費の削減を行いつつ、
将来的にはその囚人を住み着かせることで北海道に住まわせる「苦役本文論」が推し進められ、そのために網走監獄が使われ始めました。

私は、この施策は現代でも応用可能ではないかと思うほど、素晴らしいものであると思いました。

現代においても、インフラ整備は我々の生活には不可欠なものである一方、その担い手は不足し続けています。
囚人を刑務所に住まわせることは、我々の治安の維持には良い事である一方、そのための費用は我々が負担する必要があります。
そうであるならば囚人を労働力として用い、我々の生活に直接的に関係する社会貢献を行っていくのが、罪を無くすことにはならなくとも、償いにはなるのかなと思いました。

また、それが開拓という形に残るものであることも重要であり、
近年は日本の国債の多くは赤字国債で、以前よりも建設国債の割合は減少しています。
赤字国債はその負担が次の世代にそのまま引き継がれるものであり、実際にその額は膨れ上がってしまっています。
一方で建設国債は、道路や建物といった公共物が、次世代にも国の資産としても残る仕組みです。
今後は少子高齢化によって、こうした公共投資の有効性は低下しているとの声もありますが、
個人的には、災害が多い日本の更なる盤石なインフラ整備と、それに従事する人々の継続的な雇用の確保は重要であると考えています。

そのため、北海道開拓の動きは様々な面から合理的といえると思います。
最も、当時の環境は過酷であり、人権を軽視した過酷な労働がとり行われていました。その点は改善が必要なのかなと思います。
一方で人権を尊重しすぎることで、こうした過酷な労働の担い手がいなくなれば我々の生活は立ち行かなくなりますし、その結果が特定の業種の人で不足、少子化、社会保障費の増大に繋がっているとも思うので、その辺りは再考すべきなのではないかと思ったりもします。(個人の意見です)

②農園刑務所としての網走監獄

網走監獄博物館 監獄記念館内展示

日本の刑務所は基本的に自給自足が行われています。
網走刑務所は広大な土地を有していることから、大規模な農業生産を行い、全国の刑務所に農作物を供給する農園刑務所としての役割を果たしています。
囚人は入所後、その性格などにより役割が振り分けられ、農作業は囚人の中でも比較的素行の良いものが中心となって行われることが多いそうなのですが、その中でも優れたものについては、より優れた報酬と責任が付与される「累進処遇」という制度が制定されています。

どうしても私は刑務所内での労働の話を聞くと、前者の「報酬」として減刑等を想定してしまいます。
しかし、実際は後者の役割も重要であり、
責任感のある仕事が付与されることで、社会に適応しながら、技術も取得するという過程を踏むことが出来ます。
これによって、働くことや協力する事の充実感を理解した上で出所することにつながるのです。

私は、こうした効果を得るために、同様に高校の授業で農業を行うべきだと思っていて、その持論が勝手に強化されました(笑)
体力のある若者が、働く上で必要な考え方を身につけながら、将来の働き方の選択肢を増やしつつ、食料自給率の改善につなげられたらかなり良いと思うんですが、皆さんいかがでしょうか。

③網走市の為の網走監獄 

いずれも網走監獄博物館 監獄記念館内展示

私はこの施設を訪問する以前、網走市民はこの施設を迷惑に思っているものだと勝手に思っていました。
しかし、実際は網走の人々は、監獄が存在することによる経済効果に感謝しており、
囚人の方と一緒に地域の祭りに参加したり、主体的に社会参加を則したりする活動を行っているようです。
これは、網走の街が網走監獄や、その中の人々の開拓によって生み出されてきた歴史があり、住民も同じく開拓使としてやってきたという歴史がある、北海道ならではのものであるのかなと思います。
この話を見聞きして、私は網走の街がより好きになりました。

我々は、自分の家の周りに迷惑施設が出来た場合、その施設の重要性を理解していても反対する事が多いです。
これは英語の「Not In My Backyard(我が家の裏庭には置かないで)」の頭文字を取ったNIMBY(ニンビー)という言葉で、特に近年社会問題として認知されています。
確かに、迷惑施設は我々の快適な住環境を脅かすリスクがあります。しかし自分が暮らす地域への経済効果や、その施設が本当にデメリットを多く生み出すのか、メリットがないの後言ったことを考えていく必要性もあるのではないかと思います。
その点は、自分も網走の人たちを見習わないと思います。

以上のように、網走監獄博物館の見学から様々なことを感じ、考えました。

監獄という、統制され自由も限られてた空間だからこそ、現代の我々が忘れがちな、社会生活をする上で必要になるものを学ぶことができるのではないでしょうか。

施設内にはほかにも魅力的な展示、施設を多く見ることが出来ます。

皆さまも機会があればぜひ網走監獄博物館を見学してはいかがでしょうか。


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