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だって、君が好き~”彼”と”私”の物語

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親同士が知り合いである、2つ年上の「彼」に初めて出会った16歳の「私」は、俺様な彼の振る舞いに戸惑いながらも心を開いていく。  知り合い以上友人未満だった二人だが、実は「彼」は「… もっと読む
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夏の夕暮れの出会い

 彼と出会ったのは、私がまだ16歳、彼が18歳の頃だった。 きっかけは些細なことだった。事業を営む父は顔が広く、自宅でよくパーティを開いていた。この年も、夏の終わりに仕事つながりの人たちを3組ほど家族ぐるみで呼び、父はパーティを開いた。  そのパーティに訪れた旧財閥系の銀行家の息子、それが彼だった。 銀行家は父の仕事上の付き合いがある人だが、彼には年の離れた二人の息子がいた。  上の息子は既に父の片腕として働き、前年に妻を迎えたばかりだった。そこで、今迄ともなったことのなか

秋の日に

彼と3回目に会ったのは、晩秋の頃だった。 私たちの住んでいる地域では、秋の期間が短い。公園の落葉や冷たいが冬のものとは違う空気、そんな時期が私は密かに好きだった。  3回目に彼と会ったのが、初めて私の家ではなく、外で会った日だった。 その前は、彼が私の家を訪れたからだ。その時に「次は、二人でゆっくり話をしよう」と彼から告げられた。  前に会った時に肩まであった彼の髪は、さらに伸びていた。やや癖のある、焦げ茶色の髪だ。  私は長髪の男性と言うのは実のところ、苦手だった。そう

CAROUSEL

  遊園地が苦手な彼を連れ出した。 その年は珍しく、移動遊園地というのが来ていて、話題になっていたのだ。 「移動遊園地の回転木馬の決まった色に恋人同士で乗ると、こういうことが起きる」みたいな噂が立った。 「ピンクの回転木馬は、恋の告白が成功する。  黄色の回転木馬は、近いうちに何かが上手くいく。    白い回転木馬は、何も起こらない。  そして、青い回転木馬に乗ると、恋人は別れる」  そんな話をすると彼は「くだらねえな」と呟いた。  私だって信じてるわけじゃない。だ

ローズクォーツのブレスレット

  ずっと挑戦しようか迷っていたオーディションを思い切って受けたところ、選ばれて演奏会に出られることになった。  その演奏会を聴くためにやってきた彼と夜、お祝いだからと食事をすることになった。春休みで、彼はこちらに戻ってきていた。  それまで、簡単にお茶をすることはあったが、食事は初めてだ。貴重な異性の友人。まだ大学生活を始めたばかりの私にとっては、既に3年生の彼は先輩だった。  それでクローゼットを開けて、私は立ち止まった。 前に彼と会ったのは、大学受験の前頃だ。それから

心のままに音に寄り添うように

 高校を卒業したらどうしようか、と考えたことがある。 どうしてもやりたいということは、その時の私にはなかった。 土木について学びたい、都市計画に携わりたいという夢を私に語った彼がうらやましかった。大学入試では先輩だから、と、わざわざ呼び出して相談したが、彼の答えは 「それは誰かに決めてもらう物じゃない」 だった。  彼の答えはそうなんだろうなと思いながら、でもちょっとがっかりした。 勿論、「こう」っていう答えをくれるとは思っていない。彼はそんなに優しくも親切でもないこと

はじめてづくし

 彼の誕生日のために、はじめてプレゼントを買いにいった。 男の人にプレゼントを選ぶのは初めてだ。ましてや恋人への贈り物は。  プレゼントを選ぶのはとても大変だった。 彼は大抵のものは手に入るからだ。 遠方の大学に行っていて普段会えない彼が何を欲しいのか、何が必要なのかを探るのも苦労した。私が尋ねても「別に」「特にない」そんな素っ気ない返事。男の人ってそんなものなんだろうか、と悩んだ。    彼は夏生まれだ。試験休みの間に戻ってきた彼と、会うことを決めていた。 結局私が選んだの

海と君とはじめての夜

 海を見に行こう、と誘われ、「泊まりだからな」と付け加えられた。  父は、男の人と泊りの旅行、と言う話に渋い顔をしたが、相手が彼だということを告げると、「軽はずみな行動をとったり、危険な目に遭わないように」と仕方なく許してくれた。私は学生だから、大人といってもまだ少しこどものようなものだ。親同士が知り合いで、家にも時々来る彼だからこそ許されたのだと母に言われ、そういうものなのかと思った。  彼の運転で海へ出かけた。まだ寒い早春の海岸に降りて、二人で歩きながらいろんな話をした

釣り合うとか釣り合わないとか

私の恋人はとにかく存在そのものが華やかな男だ。  外見的には平凡、と言える自分が彼の傍にいると、外からどう見られているのか少々気になる。たとえば。  久しぶりのデートの待ち合わせ。 壁にもたれて軽く腕組みをしてたたずむ彼は、絵になる。 仕立ての良いシャツにジャケット、パンツ。適度に引き締まった筋肉質でスタイルもいい。鬣のような長い髪を緩くまとめている。彫りの深いエキゾチックな顔、健康そうな褐色の肌。そして珍しい碧眼。遠目にはメンズファッション誌のモデルと言っていいほどだ。

北の高台で、流れ星を迎える

 なんでこんな寒い日に、こんなところでキャンプを張っているんだろう。 答えは簡単だ。300年に一度の流星群が見えるのが今晩だからだ。 私は友人からその話を聞いてきて、彼に伝えた。 「俺はごめんだ。そんな寒いところに行くのは」 彼は夏生まれで、寒いのが苦手だ。だが、流星群が見えるのは都会のイルミネーションのある空ではなく、北の地方、特に山に近いほうだと決まっている。 「なんでそんなもんをそれほど見たいんだ」 彼は何度目かの溜息とあきれ顔を私に向けた。 「流星群なんざ、珍しくな

君の音を聴かせてよ

   私が勤務しているホールは、音楽専用のホールだ。 そこで色々な演奏者のコンサートが行われ、私は時に受付、時に裏方、と役目を持って当日走り回る。 一応肩書きは「レセプショニスト」。名前は格好がいいのだが、チケットのもぎりからチラシのデザイン、ホールの掃除にドア係、クローク。いわゆる「なんでも屋雑用係」といっていい。 演奏技術しか学んで来なかった私には、最初とても大変な仕事だと感じた。 ひとつのコンサートを作るのに、裏方がしっかり働かなければならない。スポットを浴びる側から

ひとりで観覧車

大観覧車ってのに乗ってみよう、と言い出したのは彼だった。 職場の同僚から聞いてきた情報らしい。 わちゃわちゃしている遊園地はあまりお好みではない彼だが、景色がいいという話で観覧車に乗ることは少し興味があるようだった。  それだけでなく、もう一つ彼の提案には理由があった。 私たちは長く付き合っている恋人同士だが、必ずしも頻繁に会えるわけではない。 彼は銀行家の息子ではあるが、実家の仕事にはあえて関わらず、大学の専攻だった土木の知識を生かして都市計画の仕事に携わっている。  私

ふたりで観覧車

 彼との観覧車デートが実現したのは、私がひとりで観覧車に乗ってから実に、半年後になった。冷房がかかっているのに暑かった夏から、待つのが寒い冬のはじめに。 「向かい合わないとひっくり返るぞ」 「あ、そうか」 係員に観覧車のドアを閉められ、観覧車はゆっくり、ゆっくり上っていく。 色とりどりの観覧車の、私たちの色は緑色。 私と、彼の瞳の色。 色は選べないからきっと偶然だけど、何だかちょっと嬉しかった。 「話には聞いていたが、さすがに見る価値はあるな」 「綺麗ね。イルミネーション

夢は続く、人生も続く

   結婚式の2週間前に、彼から「行きたいところがある」と言われて連れていかれた場所。  それは、この都市のはずれにある、西地区と呼ばれている場所だった。 かつて人が住んでいた建物が廃墟のようになっていて、建物は崩れかけていた。 「この地区は、先の地震で建物が倒壊して、地区そのものが崩壊した場所だ」  車を降りて、高台を歩きながら、彼が廃墟を指さした。 「8年前の地震ね」 「そうだ。残った人たちは少しずつ日常生活を送り始めている。だが、失われたものは大きい。  俺は、来年

昨日も、今日も、これからも

 目を閉じると、今までのいろいろなことが脳裏に浮かぶ。 真っ白なウエディングドレスを着て、永遠を誓った日。 酷い嵐で、夫と連絡が取れず不安なまま、小さな猫のぬいぐるみを抱きかかえて安否を心配した日。 目に染みるような青空が見えた日。 小さなもふもふを抱えて途方にくれた日。  学生時代から交際していた彼と、私は25歳で結婚した。  子どもが二人。猫が一匹。  私たちが結婚した日は、同時に私を可愛がってくれた祖母の亡くなった日でもあり、下の娘の産まれた日でもある。  そして