見出し画像

ゼンマイ式トラベルクロックを直してもらった話


見慣れないちっちゃい時計


先日、空き家活用プロジェクトの一環の古民家フリーマーケットがあったので行ってみた。(まだまだモノはたくさんあるので今後も開催予定とのこと。お近くの方はどうぞ)

そのお家に元々あった古物の類が並んでおり、食器・日用品・古いカメラやトランジスタラジオ、従軍記章まであったが、その中にこんなものがあった。なんだろうこれ?

この写真は清掃修理済み。これよりもっとホコリを被っていました
開くとこうなる

手のひらサイズの時計だった。電池式ではなく今では珍しいゼンマイ式で、しかも目覚ましアラームもついている(ゼンマイが時計部動力用とベル動力用の2つある!)。でもゼンマイが切れている様子こそないものの、巻いても動かない。振ってみると何度かカチカチ聞こえるがすぐ止まってしまう。まあホコリまみれだから中にもホコリ詰まって摩擦が大きくなっちゃってるんだろうな……。
後から調べたところではトラベルクロックというらしい。
古民家の残置の書類や手紙(交通関係の公務の方だったようだ)、徽章のたぐい(ライオンズクラブ会員だったようだ)からして、おそらく元の持ち主さんの出張のお供だったのだろう。たぶん、1970年代くらいのもの…?
面白そうなのでイベント協力金も兼ねて400円で買った。

観察してみよう

持ち帰って一旦箱を外し、きれいに拭いてみた。目覚ましベルは鳴ったが、メインの時計部のほうはやはり動かない。蝶番部の芯棒が一度すっぽ抜けたときに適当な針金を突っ込んで直したらしく、そのせいで箱がうまく閉まらず内部にかなりホコリが入ったようだ。

分解できれば自分で綺麗にしてみたかったが、あいにく時計の知識には乏しく、どうしてもムーブメント部を開けることができなかったので綺麗にできたのは箱部分と外側だけ。餅は餅屋ですね、時計屋さんにお願いしてみましょう。

それにしても現代から見ると面白い時計です。文字盤面とムーブメント部の下に「JAPAN」とあるので日本製、メーカーはリズム。

金属製のムーブメント部外装が目覚ましのベルを兼ねており(ゼンマイ動力で外装を叩いている)、フチを浮かせ固定部を減らすことでよく鳴るようにしてあるようです。

そりゃ中にホコリも入るな

文字盤と針には蓄光塗料が塗ってありますが、光量はかなり弱めで減衰も早いです。電気消したて&よほど真っ暗じゃないと読めなさそう。

ぼんやり光りはするんですが光量足りないので夜の写真はなしです

「日本製」?

この時計について調べてみたところ、文字盤デザインこそ違うが箱とムーブメントがそっくりそのものな時計が「USA vintage」として売られていた。
はて?

こっちには裏にJAPANの刻印がない(盤面下の文字は潰れて読めない…)が、まさかこっちが本物で、日本でコピー品が作られたんだろうか? いや、でもこんなに似ることある?

そしてもうちょっと調べるとこれが出てきた。

こっちにはムーブメント部にJAPANの刻印があり、かつアメリカで販売されてたっぽい。盤面の「BRADLEY TIME DIVISON」はアメリカの時計会社の名前のようだ。

つまり日本のリズム社でムーブメント部分が作られ、そのまま日本で他の部分も付けられて販売されたやつ(私が今回買ったやつ)と、輸出されて盤面とかをアメリカでつけたやつがあったっぽい。
なんだOEM商品みたいな感じだな。リズム社さん疑ってすみませんでした。

夜光塗料の歴史

夜光塗料の光量については、この時計が作られた年代的に仕方ないところがある。というのも、現在主流のよく光り光量も長持ちする蓄光塗料が開発されたのは1993年、化学の歴史的には結構最近のことだからだ。

「夜光塗料」が工業的に生産されるようになった経緯について、戦争を抜きにして語ることはできない。1898年にキュリー夫妻が発見した放射性元素・ラジウムを使い、暗闇でも光を発する夜光塗料が開発され、時計の文字盤に多く使われることになった。

放射性物質を使った夜光塗料は、暗闇で光るための動力が塗料そのものに含まれている(ラジウムが随時ちょっとずつ放射性崩壊する→発生した放射線が蛍光成分に吸収されて可視光を発する)ので、一晩中明るく光ってとても便利だった。
時は第一次世界大戦のころ、暗闇でも一晩中光り時刻がわかる夜光塗料付きの時計・コンパス・銃器の照準器・航空機の飛行計器盤なんかは戦場でも重宝され、夜光塗料は軍需品として需要を伸ばした(ただしこの頃に作られたラジウム塗料製品は、α線による塗料の劣化などで今はもうほぼ光らないそうだ)。
ラジウムを使った塗料は現在作られていない。この塗料は時計などを「使用する現場では」そう危険なものではなかった(ラジウムから出るα線はガラスで問題なく遮られる)が、製造現場ではとても痛ましい労災を引き起こしたからだ。時計の文字盤の塗装作業にあたっていた女性労働者たちにはラジウム塗料が無害だと伝えられていたが、筆を舐めて整えては塗装する一連の作業の繰り返しにより彼女らはひどく内部被曝し、多くが放射線障害を発症、100人以上が亡くなったという。

ラジウム塗料による放射線障害の被害者、通称「ラジウム・ガールズ」による訴訟は、アメリカで従業員が会社側を訴える権利を確立させた初の例となり、職業病に関する労働法が制定され労災を大きく減少させる契機にもなった。米労働安全衛生局が発足した経緯も、この事件に端を発するという。

さて、ラジウムが使われなくなった後に代わりに夜光塗料に使われるようになったのはプロメチウムトリチウムだった。ただし、ラジウムよりずっと安全とはいえこちらも放射性がある。放射性物質使わずに実用性高い夜光塗料作れたらいいのになあ……。
一応、先に光を当てておくことで暗闇でもしばらく光る「蓄光」塗料はあったにはあった……が、光が長持ちしないし暗い。もっと明るく、一晩中光るような蓄光塗料、作れない?

そして1993年、根本特殊化学がやっと開発したこの蓄光顔料「N夜光」、通称ルミノーバは放射性物質不使用、それ以前の蓄光材と比べて残光輝度が10倍明るく、残光時間も10倍長い夢の塗料だった。現在蓄光材市場世界トップシェアを誇る。現在はカラバリも4色ある。

つまり今回の70年代製トラベルクロックの蓄光塗料は、現行ルミノーバと比較して残光輝度10分の1、残光時間も10分の1ということで、そりゃ暗いしすぐ見えなくなっちゃうわけだぜ。これはしかたないですね。

さらに脱線、ロレックスの夜光塗料の歴史

父はしごとでも長く航空エンジンの修理に携わっていた機械大好きマンなのだが、父の使ってたロレックスの腕時計は私が生まれた頃(三十数年前)に買い、一度お店でオーバーホールしたらしい。父のことだからブランドとか資産的価値とかそっちのけで「くっそ堅牢かつ電池交換もいらない自動巻の機械式腕時計最高ッッ(しかもアフターサポートも充実)」という理由で選んだものと確信している。

この親にしてこの子ありということでサキノさんもそう思います

針と文字盤には夜光塗料が使われていて、暗闇では緑色に光る。この夜光塗料の色から、オーバーホールしたのがいつごろかだいたいわかるようだ。

もともとロレックスもラジウムを使っていて(この頃の針と文字盤が当時物のまま交換されずに残ってるやつはとてもレアで高価らしい。コレクターってすごいね)、使用規制の動きの高まりから1960年代初頭にトリチウムに移行した。トリチウム仕様は1998年まで作られたそうで、買った時点では父の時計もこの仕様だったはずだ。トリチウムによる夜光は(以降ののぺっと全面光って見える蓄光塗料と比較すると)小さな光の粒の集まりのように見えるそうで、小さい頃に帰省した父が枕元に置いてた時計を見たときの記憶と符合する。この頃の仕様は、文字盤6時位置の下に「T SWISS MADE T」または「SWISS-T<25」と書いてあり、「トリチウム使ってるけどガラス越しの放射線量は25マイクロキュリー以下で安全です」という意味という。

その後ロレックスでもルミノーバ(正確にはスイスの会社が根本特殊化学からルミノーバの製造ライセンスを買い、さらに改良した「スーパールミノーバ」)を使うようになった。緑色で明るくのぺっと光る。だがこれで終わらなかったのがロレックスであった。
「もっと明るく長く光らせたい!!!」
ロレックスは青く光り、それまで使っていた緑のルミノーバよりも光が長持ちするというクロマライトという蓄光材を使うようになった。凝り性か。「自社開発し特許を取得した」って書いてあるけど、ロレックスの時計にしか使われてない様子。そんなに長持ちでよく光るなら塗料だけ売っても相当売れそうじゃない?

このクロマライトの正体については諸説あり、「青く光るタイプの改良版スーパールミノーバを厚く重ね塗りしてるだけじゃないかな」という人もいる(緑色のままのほうが視認性よかったんじゃない?という意見もあるようだ。ものは好き好きである)。組成を確かめるためだけに腕時計を破壊する人は多分いないのでいいけど……いないよね?

クロマライトは2007年から使われ始め(ルミノーバの緑とクロマライトの青の2色に光るやつもあるらしいぞ)、現行販売のロレックスの夜光塗料にはほぼこれが使われているそう。
父の時計はのぺっと緑に光る&「SWISS-T<25」つきなので、トリチウム仕様で生まれて1998~2007年の間にオーバーホールし、文字盤(の夜光部分?)と針を交換した時計ということがわかる。いつかまたオーバーホールに持ち込んだら、その時は青く光るようになって帰ってくるだろうか?
凝り性のロレックス御社のことだから、その頃にはまたおニューの蓄光材使ってたりして。

無事復活!

だいぶ脱線してしまったがトラベルクロックさんの話に戻ろう。地元の時計屋さんに預け約一週間、修理完了との連絡で取りに伺った。やはりめちゃくちゃホコリが入っていたらしい。
すっかりきれいになり、元気にカチカチしている。復活してよかったよかった。
蝶番の軸も取り替えてもらい、しっかり閉まるようになったのも嬉しい。

時計屋さん曰く、ねじ巻き式で目覚まし機能つき・ポケットサイズのこういったトラベルクロックは、発売された当時は結構画期的な発明だったらしい。
物理ベルの置き目覚まし時計はトランクやカバンに入れて持ってくにはまだ大きすぎたし、腕時計に(容積をとらない)電子アラームがつくようになるには、電池やスピーカーなんかの小型化をもうしばし待たないといけなかった。
逆に言うと、電子アラーム付きの腕時計の出現により腕時計に目覚まし機能を兼ねられるようになり、そして携帯電話から現代のスマホに至るまで、電話が目覚ましも兼ねてしまえるようになったので、トラベルクロックというジャンルはかなり衰退した。
一応今もデジタル式の高機能なやつとか、バックライト付きのやつとか、海外旅行者向けに時差早見表のついたようなやつとかがトラベルクロックとして販売されてはいるが、今回のもののようなパカッと開く箱に入ってて……みたいなのは現行機種にはなさそうだ。

今回のトラベルクロックを持ち帰り動作確認してみたところ、フルにゼンマイを巻くと約1日弱駆動することがわかった。
持ち運び用ということでおそらく動かし続けると振動や衝撃等による誤差もそれなりに出るだろう。止まらないように毎日巻き続けてずっと動かすというよりは、目覚ましに使うときだけネジを巻いて時刻を腕時計や出先の時計に合わせ、サブ機として運用する使い方がメインだったんじゃないかと思う。詳しい人いたら教えて下さい。

ところで今書いてて気付いたが時針が10分くらいずれているようだ(8時位置にアラーム針を置いているのに8時10分くらいにカチッと言う)。時計屋さんに再調整してもらうべきか……、いや、こんなのんびりした目覚まし時計もたまにはいいかな……。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?