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「たのしみは」ではじまる52首。独楽吟

「たのしみは」で始まって「・・・とき」で終わる短歌で知られる、幕末の歌人 橘曙覧(たちばなあけみ)の連作短歌『独楽吟(どくらくぎん)』。

「独楽吟」とは「ひとりたのしめるうた」という意味です。

52首の連作からなる短歌は、まるで独楽(こま)を回しながら遊ぶように、また独楽のようにひとりでも楽しんでいたと思わせる、曙覧の身近な暮らしや家族との幸せが詠みこまれています。

そのなかには花の咲くのを喜ぶ歌もあって、初めてよんだときは思わず「そうそう」と声になりました。

たのしみは朝おきいでて昨日まで 無かりし花の咲ける見る時
たのしみは庭にうゑたる春秋の 花のさかりにあへる時時(ときどき)

独楽吟(どくらくぎん)『橘曙覧遺稿志濃夫廼舎歌集』より

なんてことない日常の中にも、まろやかな喜びがあること、またそれらを素直に楽しむ感覚を、みずみずしく思い出させてくれる52首。

『独楽吟』は元治元年(1864)ころの作品ですが、とてもいいので紹介させていただきますね。ささやかな日常も、ときにひとり、ときに一緒にたのしめますように。今日もいちりんあなたにどうぞ。

1. たのしみは艸(くさ)のいほりのむしろ敷き ひとりこころを静めをるとき
2. たのしみはすびつのもとにうち倒れ ゆすり起こすも知らで寝し時
3. たのしみは珍しき書(ふみ)人にかり始め 一ひらひろげたる時
4. たのしみは紙をひろげてとる筆の 思ひの外によくかけし時
5. たのしみは百日ひねれど成らぬ歌の ふとおもしろく出できぬる時
6. たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ 頭ならべて物をくふ時
7. たのしみは物をかかせて善き価(あたひ) 惜しみげもなく人のくれし時
8. たのしみは空暖(あたた)かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時
9. たのしみは朝おきいでて昨日まで 無かりし花の咲ける見る時
10. たのしみは心にうかぶはかなごと 思ひつづけて煙艸(たばこ)すふとき
11. たのしみは意(こころ)にかなふ山水の あたりしづかに見てありくとき
12. たのしみは尋常(よのつね)ならぬ書に画に うちひろげつつ見もてゆく時
13. たのしみは常に見なれぬ鳥の来て 軒遠からぬ樹に鳴きしとき
14. たのしみはあき米櫃(こめびつ)に米いでき 今一月はよしといふとき
15. たのしみは物識人(ものしりびと)に稀にあひて 古しへ今を語りあふとき
16. たのしみは門売りありく魚買ひて 烹(に)る鐺(なべ)の香を鼻に嗅ぐ時
17. たのしみはまれに魚烹(に)て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時
18. たのしみはそぞろ読みゆく書の中(うち)に 我とひとしき人をみし時
19. たのしみは雪ふるよさり酒の糟 あぶりて食ひて火にあたる時
20. たのしみは書(ふみ)よみ倦めるをりしも あれ声知る人の門たたく時
21. たのしみは世に解きがたくする書(ふみ)の 心をひとりさとり得し時
22. たのしみは銭なくなりてわびをるに 人の来たりて銭くれし時
23. たのしみは炭さしすてておきし火の 紅(あか)くなりきて湯の煮ゆる時
24. たのしみは心をおかぬ友どちと 笑ひかたりて腹をよるとき
25. たのしみは昼寝せしまに庭ぬらし ふりたる雨をさめてしる時
26. たのしみは昼寝目ざむる枕べに ことことと湯の煮えてある時
27. たのしみは湯わかしわかし埋(うづ)み火を 中にさし置きて人とかたる時
28. たのしみはとぼしきままに人集め 酒飲め物を食へといふ時
29. たのしみは客人(まれびと)えたる折しも あれ瓢に酒のありあへる時
30. たのしみは家内五人(いつたり)五(いつ)たりが 風だにひかでありあへる時
31. たのしみは機(はた)おりたてて新しき ころもを縫ひて妻(め)が着する時
32. たのしみは三人(みたり)の児どもすくすくと 大きくなれる姿みる時
33. たのしみは人も訪(と)ひこず事もなく 心をいれて書(ふみ)を見る時
34. たのしみは明日物くるといふ占(うら)を 咲くともし火の花にみる時
35. たのしみはたのむをよびて門(かど)あけて 物もて来つる使ひえし時
36. たのしみは木の芽瀹(に)やして大きなる 饅頭を一つほほばりしとき
37. たのしみはつねに好める焼豆腐 うまく烹たてて食はせけるとき
38. たのしみは小豆の飯の冷えたるを 茶漬けてふ物になしてくふ時
39. たのしみはいやなる人の来たりしが 長くもをらでかへりけるとき
40. たのしみは田づらに行きしわらは等が 耒(すき)鍬(くは)とりて帰りくる時
41. たのしみは衾(ふすま)かづきて物がたり いひをるうちに寝入りたるとき
42. たのしみはわらは墨するかたはらに 筆の運びを思ひをる時
43. たのしみは好き筆をえて先づ水に ひたしねぶりて試(こころ)みるとき
44. たのしみは庭にうゑたる春秋の 花のさかりにあへる時時(ときどき)
45. たのしみはほしかりし物銭ぶくろ うちかたぶけてかひえたるとき
46. たのしみは神の御国の民として 神の教へをふかくおもふとき
47. たのしみは戎夷(えみし)よろこぶ世の中に 皇国忘れぬ人を見るとき
48. たのしみは鈴屋大人の後に生まれ その御諭しをうくる思ふ時
49. たのしみは数ある書を辛(から)くして うつし竟(を)へつつとぢて見るとき
50. たのしみは野寺山里日をくらし やどれといはれやどりけるとき
51. たのしみは野山のさとに人遇ひて 我を見しりてあるじするとき
52. たのしみはふと見てほしくおもふ物 辛くはかりて手にいれしとき

独楽吟(どくらくぎん)『橘曙覧遺稿志濃夫廼舎歌集』より

チャノハナ 花言葉「追憶」

茶の花

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