「わかる。ということ」花屋の向こう側
近年は、遠くに離れた場所のことでも瞬時に情報共有できるので、目や耳で得た情報だけで、人の気持ちまで知った気になる危うさがあります。
人は「相手をわかりたい」という欲求が高まると、どうしても身近な手がかりだけで、つじつま合わせをしようとします。相談を持ち掛けられたときは尚のこと、「わからない」という曖昧さに耐えきれず、不安になり、ときには後ろめたさを感じ、持ちあわせの知識や情報を当てはめて、性急に「わかった」にたどり着こうとしてしまう。
このように「知りたい・わかりたい・理