2020.3.2-3 その時代の生存戦略

昨日は会社の仕事のあとにせっせとドレスの仮縫いを仕上げる。今日の夕方試着してもらう予定があったので、それまでに着れる形にしないと、ということで結局深夜までの作業になってしまった。もともと勘を頼りに作っている部分が大きいので、前回の仕事から時間が空くと感覚を取り戻すのに時間がかかる。特にストレッチ素材の伸び率を考えてパターンを調整するのがとても苦手。やっぱり一度洋裁CADをがっつり触ってみて、デジタル上でサイズの変更とかできるようになったらすごく世界が広がるような気がする。

今日は会社の仕事が終わってからお客さんのKさんのところにドレスを持っていって試着してもらう。東東京のとあるマンションのご自宅に伺うと、ちょうどKさんのお嫁さんとそのお友達がいて、着物の着付けをしているところだった。どこか出かけるんですか?と聞くと、銀座で行われる何かの会にこれから行くとのこと。若い女の子2人が、着物を着てちょっと銀座。東東京にはそんな世界観があるのかとちょっと驚く。


ドレスの試着を終えてから、すぐ近くのお寿司屋さんでうまい寿司をご馳走になった。Kさんとはお会いするといつも何かと気にかけてくださって、ごはんを奢ってくれたり、ちょっとしたプレゼントをしてくれたり、1人じゃいけないような場所に呼んでくれたり、本当によくしてもらっている。お客さんとしてはもちろんのこと、恋愛や家庭や仕事の話を聞いてもらったり、人生の先輩としてとてもありがたい存在になっている。

Kさんに初めて会ったのは23だか24だかの時で、まだドレス屋として独立する前にアメブロでドレスの作り方を書いている時代だった。どこかにgmailのアドレスを載せていたら連絡をくれて、まだまだひよっこでちゃんと作れるかもわからない私になぜかドレスをオーダーしてくださったのが始まりだ。

最初にお会いする時「レッスンをしているからここに来てね」と指定された場所が、六本木グランドハイアットのホール。それまでもダンスパーティーでホテルには行き慣れていたとはいえ、就職もしなかったので「仕事として」知らない人に会うのがほとんど初めてで、しかもまだちゃんとできるかもわからない駆け出しのフリーランス(としてスタートしてすらいなかったが)だったので、めちゃくちゃに緊張していたのを覚えている。

それ以来、私がドレス屋をやったりやらなかったりする不真面目さにも関わらず、ことあるごとにいろいろな場に呼んでくださったり、ドレスをオーダーしてくれたりというお付き合いが6年くらい続いている。


彼女はもう長いことご自分の立ち上げた会社を経営する経営者である。だからなのか、それともご本人の人柄なのか、とても「陽」の雰囲気の強い人だ。機嫌が悪そうなところや怒ったところや落ち込んでいるところをまったく見たことがないし、想像がつかない。もちろんただのドレス屋の若造の前だからそんなところは見せないというのもあるだろうけど、それだけではなく、自分の状態をものすごく意識的にコントロールしている人なんだろうなと思う。周りの負のものに何も影響されないし、周囲のどんな悪条件も全てを自分で引き受けていくようなところがある。

もちろんそれはすごいことだと思っているのだけど、一方で、何がそうさせているのかについてたまにふと考えてしまう。おそらく年齢は私の母よりちょっと下くらいで、その時代にずっと働いて結果を出し続けてきた裏には、いろいろな理不尽や困難と闘ってきた歴史があることは、正面からは言うことはないけれど容易に想像できる。それを乗り越える過程で、どんなことでも、「全部自分で引き受ける」マインドが身についていったのではないだろうか。その時代の「どうしようもなさ」の存在を、会話やその人の書くものの端々から感じずにはいられないのだ。例えば、女性が仕事を続けながら子育てをするためのあれやこれやの工夫とか、職場で認めてもらうための振る舞いとか、家庭で思ったように動いてくれない夫をうまく取り扱う方法とか。そういうの全部、「本来やるべきではないのに、女が仕事をしたいならこれくらい努力して当然」みたいな社会の圧によって、強くならざるを得なかったということなのかもしれない。

女性はこう、男性はこう、という言説に対する反発は、ここ最近特に強くなってきているし、私自身もそういうジェンダー固定観念の気配にはものすごく警戒している。ちょっとでもそれを強制されたら全力で逃げる。

だけどそれでも、生き残るためにそれを選ばなければいけなかった人たちのその生存戦略を、頭ごなしに否定もできないな、という気分なんだよな。

女が強くいないと仕事ができない時代。男をうまく扱えないと生き残れない時代。そういう時代にどうにかして道を作ってきてくれた先人の努力のあとに、やっと不平等を不平等だと主張できるようになってきた現在がある。全て引き受けて自分を追い込むのではない、適切な努力の方法について、答えを出すのは今度は私たちの仕事なんだと思う。

たのしいものを作ります