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中間色のわたし 2020.6.3

在宅ワークの仕事が終わり、ずっと家に居続けることにも限界が来たので近くのカフェに来た。緊急事態宣言が一応解除されてから、徒歩圏内のカフェに行くことは自分に許すようになった。

10席そこそこの小さな店内の、キッチンに向いたカウンター席の一番端に座る。たいていこの店を訪れるときはここに座っている。

私の後ろの席には、おじさん2人と若い男子の3人組。話の内容から、どうやら音楽関係の仕事をしている人たちのようだ。最初から最後までいっさいそっちを見なかったので、実際は本当にそれがおじさんなのか、その男性は本当に若者なのか、定かではないのだけどそういうことにしておく。ただ一番しゃべっていた1人は確実に中年男性で、いわゆるおじさん、できっといいと思う。しゃべりかたも、声も、喋っている内容も、どの角度から聞いてもそれは「おじさん」というある種の属性のそれだったから。

そのおじさんはしきりに若者(らしき男性)に語りかけている。

「お前、音楽で生きる覚悟があるのか?」「中途半端なままじゃ任せられねぇよ。」

若者は、言葉少なに「そうっすね……。」とだけ、何度も何度も繰り返している。

「お前が本心でどう思うか、それが知りたいんだよ。」

本心。どうしたいか。そんなこと、自分自身でもわからないんだけど。

「お前には期待しているんだからさ。」

そんなこと言われても。勝手にあなたの想いを託さないでほしい。

自分に言われている言葉じゃないのに、背中越しに投げかけられているその言葉があまりにも、そこらじゅうで繰り返されてきて聞き飽きたものだったもんだから、心の中でむくむくと反発心が湧いてきて仕方がない。

男子よ、ちょっとくらい言い返せ。

ああもう、せっかく仕事とか、やるべきこととか、人生とか、そういうものから逃れたくて外に出たのにな。

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「何がやりたいか」なんて、そんなことをはっきりと答えられる人は、本当に自分がやりたいことについて考えてなんかないんじゃないだろうか。

単に偶然目の前にあって、たまたま手をつけて、そこそこ上手にできて、なんとなくやめるきっかけもなかったものを、あまり深く考えずに「やりたいこと」カテゴリにぽいっと振り分ける。一度振り分けたら、その分類基準になるべく疑問を持たないように、立ち止まらないように、「やりたいこと」フォルダに、毎日次々と降ってくるToDoをつっこんでいく。

そうやって他のことをする隙間をなくせた人だけが、本当にやりたいこと、らしきものを手にできる。なんか、そんなもんな気がする。

それなのに、やりたいことがわかっているという無思考な人間は、考える人間の複雑な心の内を想像することもせず、「お前は本当はどうしたいのか」などと詰めてくるわけだ。


本当の答えなんてひとつで、「よくわからない」。ちょっと考えてしまったら、本当なんてわからないに決まってる。

世界は広くて、やれることがたくさんあって、その気になればどこにだって行けて(いまのところ、行ける範囲は徒歩圏内に狭まってしまったけど)。自分がちょっとやりたいことは他にもやりたい人がたくさんいて、ちょっと得意だと思ってたことも、それを遥かに上回るクオリティでやり遂げた結果がごろごろインターネットの海には漂っているのだから。

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さて、今の自分は何がやりたいだろう。ただひとつの「本当」じゃなくていい。この先ずっと続けるわけじゃなくてもいい。今この瞬間をたしかに楽しめる何かであればそれでいい。

やっぱりものを作ったり、組み合わせたり、入れ替えたり、切ったり貼ったり、塗ったり縫ったりして、そういう子供の遊びみたいなことを自由にやりたいんだと思う。覚悟も別にしていないし、過去にダンサーになったときみたいにうっかり腹もくくってない。そういういちいち力んだ感じは、もう20代までで、いいよね。

0か100かしかなかった自分が、どっちつかずでふわふわと中途半端で楽ちんな今のこの状態を許せるようになったのは、ずっと未熟な子供みたいな心で成長していない気がしていたけど、それでもやっぱり少しだけ大人になったということなのかもしれない。

なりたいと強く願っていたものに、なれなくてもまあいいかって思ったり。なりたくないと毛嫌いしていたものの一部が、自分の中にも確実にあるんだと気がついたり。あんなにほしかったものにあまり惹かれなくなって、ほしくなかったはずのものにぼんやりと憧れている。でも必死で手を伸ばしてつかもうとするかというと、そうでもなくて、ああいいなあって眺めてるだけでも満足できたりもする。そんな感じ。

鮮烈な自分でありたいとあんなにも願っていたのに、いまは明度をすこし高めに、彩度をちょうどよく中間くらいに下げて、少し淡くくすんだ芍薬の花みたいな、やさしい色合いの自分。そんな色が好きだなあと思う最近です。

たのしいものを作ります