上生菓子は3月のかおり
昨年末のこと
自分へのお祝いに上生菓子を買いました。
あの、お花の形や動物の形をかたどった
きれいなきれいな和菓子です。
あの、ちいさくて 遠慮がちで
でもどこか凛とした あまいつくりもののお花を
これまたちいさな小刀みたいな「ようじ」で
なるべくちいさく切って、なるべくゆっくり食べるのです。
そうしてちいさなお花のかけらの中にひっそりと現れるあの優しい甘さを探しながら
3月のあたたかくて、どこかちょっとさみしくて、でも晴々としたあの空気を思い出すのです。
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何かで読んだのだけど、人間の脳の
「記憶する部分」と「においを感じる部分」は
すごく近くにあるらしく
これによって「においによって記憶したことを思い出す」という現象が起こるそうで
実際、香りとセットにすると記憶力が上がるらしい!
でも意識しなくても“記憶されてしまう”から
「厳しかったバレエの先生の香水」をつけた人とすれ違ったりしたら問答無用で背筋がシャキーンとしちゃったり。
そういえば「香水のせいで思い出したいわけじゃないのに君を思い出す」って歌も流行りましたしね。
その効果はみなさんの身をもって実証されている、と言っても過言ではないのです。
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私はなんでか、においとか味でふと何かを思い出すのは小学生くらいの時のことが多いんです。
その中でも「上生菓子」のかおりで思い出すのは
小学生時代の3月のあたたかな季節の記憶。
もうすぐクラス替えがある寂しさと
一年間をやりきった誇らしさと
一学年お姉さんになる緊張と
春休みが来るよろこびが
「雛祭りおめでとう」という言葉が書かれた
きれいな箱に詰められた和菓子と一緒になって
あの気持ちを思い出すかおりなんです。
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私の母校の小学校は文化に触れることを大事にしていたので
お誕生日とか、節分、冬至、クリスマス、雛祭り
とかにかく季節の行事を大切にしていました。
女子校だったので雛祭りは中でもとにかく盛大で!
朧げな記憶だと、立派な雛人形はもちろん
当日は授業は無しか半日で
お芝居を見たり、雛祭りメニューの給食が出たり幼心に楽しみな一日でした。
その楽しい一日の帰り際
きれいな箱に詰まった上生菓子を“お祝い”として持たせてくれるんです。
私は素敵な一日の最後の仕上げに
その箱を大事に大事に持ち帰って
まるで自分がやり遂げた事みたいに家族にそのお菓子を振る舞いました。
今思えば私はただ持ち帰っただけなんだけど。
それでも自分が家族のために何かをやってみせたような、誇らしい気持ちになりました。
三つ子の魂百まで、じゃないですけど
それ以来 私の中では「上生菓子は特別なもの」になりました。
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2020年。
たくさんの悲しい事があって、それでもみんな歯を食いしばって前に進んで来た一年だったと思うんです。
そんな一年の終わりのタイミングで
私にとって何年も前からの目標とか、頑張って来た事とか
とにかく長い時間をかけて追いかけてきた事の結果が出ました。
内容は色々なんですが、一昨年の7月にフリーランスになってから一年半ほどたくさんの冒険と戦いをしてきました。
誰に言うでもない、まさに私自身との闘いでした。
そんな一年の最後に
私自身に訪れた所属という新たなステップ。
ささやかな、だけど特別なお祝いをしたい!
そんな時にふと、あの遠い3月のあたたかな日のかおりを思い出したのでした。
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年の瀬が見えてきて、まだ緊急事態宣言なんて考えてもなかった時期の
それでも前より少し人の少ないデパ地下の食品街。
上品な和菓子屋さんに並んだ上生菓子は
ひとつひとつたっぷりとスペースを使って並べてあって
ガラスの向こうにあると尚更つくりもののお花みたい。
少し早めのクリスマスの上生菓子も可愛かったけど
“今の時期は椿なんかいいですよ”
という言葉で思い出した。
そうだ、上生菓子はお花じゃないと!
いつもリビングで歌ったり踊ったりしてるから
あと2つ家族の分。
ひとつはクシュッとしたやつ
さすがにお雛様は季節はずれだからもうひとつは季節の果物。
椿は私のものだから絶対に譲らない!
箱に詰まった作りもののお花たちは
あの時とはまた違った顔で、それからちょっとすまし顔で。
それからやっぱり、どこか誇らしげに見えました。
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思っていたより私の“特別なもの”は高くありませんでした。
たぶん、ケーキよりお手頃かも!
だけど、次に上生菓子を買う日はやっぱり特別な日がいい。
上生菓子が食べられるような
そんな特別なお祝いの日をこれからもっと増やしたい!
上生菓子の3月のあたたかな空気のかおりは
寂しさよりも
やり遂げた喜びと新しい始まりへの期待で満ち溢れたかおり。
手のひらにすっぽりおさまる ちいさな春の思い出のかおり。
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