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聞こえていなかった体の声

屋久島を出て気付いた。
苦手なものが増えていた。

■かわいそうなのはどっち?


私が3年前に一緒に暮らしていた女の子は、色々なアレルギーがあり、食品添加物や化学物質が入った洗剤など、日常にありふれる様々なものによって体調が悪くなる子だった。

私が、「安くて便利」と選んだ洗剤を使って洗濯をしたら、その匂いで寝込んだ。
みんな大好き激安ファストフード店で食事して、「口の中が痛い」と言った。

私は彼女を見て、「かわいそうだな」と思っていた。
だって、食べられないものも多くて、行けない場所も多くて、街中に溢れているものが苦手なのだ。

私は、よくわからないものが入っている食べ物でも、何も感じず食べられる。
よくわからないものが入ってる洗剤も、何も感じないから安いものが使える。

でも、ちょっと待って。

かわいそうなのってどっちなんだろう。

「彼女は、体の声が聞こえている。
私は、体の声が聞こえていない。」

ということなんじゃないだろうか。

同じものを摂取して、彼女の体が「これは嫌だ」と言って反応しているとき、私の体は本当に何も言っていないのだろうか。

本当は、気付いていないだけで「嫌だ」と言っていたんじゃないだろうか。

■屋久島の感覚


屋久島で私は、3つの家庭にお世話になった。
共通して感じたのは、「環境への配慮」であり、「体への配慮」だった。

食器用洗剤、洗濯用洗剤、食品など。
CMやドラッグストアで並んでいるものはほぼ見かけず、「考えて」選んでいるであろうものが多かった。

■「自然=私」


屋久島では、川の水を飲んでいる人も多い。
そして、自分たちが排水溝に流すものが、川、海へと繋がり、それをまた自分たちが摂取し、巡っていくという事実がそこにはある。

そう考えると、よく考えずに選んだ洗剤に、自然に害があるものが入っていれば、それを排水溝へ流すことは直接自然に害を与えてしまうことになる。
そしてそれは巡り巡って、自分に害を与えることにもなる。

■山の中のゴミ


不思議な体験があった。

屋久島の山の中に、ゴミが落ちていた。
私はそれを拾った。

以前の私がゴミを拾う理由は、「良い人アピール」とか、「それが世間的に正解だから」というような理由だった。

しかし、屋久島で私がゴミを拾ったときに心に湧いたのは、

「山は私の一部だから」
「私の中を綺麗にする」

という感覚だった。

私たちは宇宙の一部であり、地球の一部である。
だから、私も山も同じ、一部。
そういう意識が、屋久島ではうんと強くなった。

山も、川も、海も、空も、私も、あなたも、みんなも、ひとつ。
だから、山のゴミは私のゴミ。
だから、川が汚れるのは、私が汚れること。

「自然=私」という感覚が私に浸透していった。

■心の便秘


屋久島に着いてすぐ、私の体には変化があった。
便秘になったのだ。

今までの人生で、便秘で悩んだ記憶はない。
「屋久島の何かが私の体に合わないのかな」と不安になったりしていた。

しかし、ある日、ある女性との出会いが、私に新事実をもたらした。

その子に会ったとき、「この子とは何でも話せる」と直感した。
そして、その子が、私が屋久島で初めて「タメ口で話せる友達」になった。

その子に出会った日、急に快便になった。

そして気付いた。
「心の便秘と体の便秘がつながった」と。

その子に会うまで、私はタメ口で話せる人がいなかった。
屋久島で出会う人は皆本当に素敵な人たちだったけれど、私がどこかいつも遠慮したり気を遣ってしまったりしていた。

そして、言いたいことが言えていなかった。
小さな頼みごとでも、お世話になっている手前、申し訳なさが発動し、言えないことが多かった。

そして便秘だった。(笑)

しかし彼女とは、出会ったときから何でも話せた。

そして快便になった。✌️

それが私の初めての、「体が不快を教えてくれた経験」だった。

最初の方に書いた通り、私は何を食べても、どこへ行っても、体調に目立つ変化は無かった。
だから体に何も気を遣っていなかった。

私の体は、本当は嫌なこともあったのに、隠していたのだろうか。
それか、実はサインを出していたのに(なんか痒いとか、なんか眠いとか)、私が耳を傾けていなかったのかな。ごめんね。

だからこんなにわかりやすく、「心が便秘で、私は不快です!」を体が表現してくれたことに、私は感動した。
ありがとう。我慢させてすまなかったね。

■屋久島を出て気づいた体の変化


さぁ、そして、屋久島を出てみた。
そしたら、まぁ聞こえる聞こえる。体の声が。

去年の私であれば何とも思ってなかったであろう洗剤の匂い、香料の匂いなんかを、強く感じる。

本当は好きじゃなかったんだね。
そういう、自然じゃないものが。

そして、よく眠くなる。

きっと、体が何かを回復したがっているのだなと解釈して、寝る。

「体とのコミュニケーションがうまくいくようになった」ということかもしれない。

■体と心はパートナー


この変化、パートナーシップみたいだ。

「結婚二十五年目にして、やっと無口だった妻が溜め込んでいた『これは嫌』を言うようになってくれたぜ」と喜ぶ夫、みたいな。

それがちゃんと聞こえるようになった私は、勇気を持って、体に無理をさせないように、「苦手」を誰かに伝えたり、その場所を離れたりと行動する番だね。

いやはや、長い間我慢させてすまんかったね。体さん。

■体は地球


さーて、まとめます。

屋久島の家庭で感じた、「自然への配慮」と「体への配慮」。
この「自然」と「体」って、イコールで結んでしまっていいという感覚があります。

地球が喜ぶものは、体も喜ぶ。
地球が嫌がるものは、多分体も嫌がってる。

そして、屋久島で出会った大好きな言葉。

「心の声は地球の声」

だから、私は、自分の心と、体の声をたくさん聴いて、彼らが喜ぶように生きる。
そしてそれは、地球が喜ぶことにもつながる。

そんなことを体感してきたよ。
なんて素晴らしい旅だろうね。

あなたの心と体が喜んでいることを願っています。
そしたらきっと、地球も喜びます🌎✨


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