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文通ラジオ第4回目【あづ妙】

こんにちは。文通ラジオ第4回目。今日は、あづ妙がお届けします。2023年の終わりが、もう目の前まで来ていますね。みなさん年末年始は、いかがお過ごしの予定でしょうか。

私は特に代わり映えの無い毎日を過ごす予定で、2023年の締めくくりである今日も仕事をしていましたがが、明日は少し作業量をセーブしようかなと、頭では考えています。

ただ、毎年「新春らしいテレビ」をちらっとみては、黙々と作業をしてしまうので、ある意味それが、”自分らしい年始”なのかなと思いながら、気付いたら1月も中旬を迎えていそうな気がします。

そして、さきさん、おかえりなさい。改めて、さきさんと一緒に文通ラジオを始められることが本当にうれしいです。「お互いのペースでゆっくりと」を掲げて、どうかこれからも末永く、よろしくお願いいたします。

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第3回目のさきさんの『選択と後悔』を読んで、「やっぱりさきさんの紡ぐ言葉が好きだなあ」という気持ちを感じながら、夏前から秋にかけての期間で、たくさん考えて、選択をされたことが伝わってきました。

自分で選択するって、とても大きな喜びを感じられると思うんです。毎日がちょっと楽しくなるような。大袈裟にいうと、自分の人生を生きているなと思える。

文通ラジオ第3回目

とくに印象的だったのがこの言葉です。たしかに、選択ができることは喜びであり、” 自分の人生”を生きているなと思える瞬間ですよね。だからこそ、選ぶことに、ついつい執着してしまうのかもしれません。選ぶ喜びを知っているからこそ、選ぶことで後悔したくない。そんな気持ちが生じてしまうのではないかと感じました。

「選ぶ喜びを知らなければ、きっとここまでこだわらないのだろう…」と思うと、自分がまだまだ未熟であることを痛感しますが、それが「人間である」という意味なのかもしれないと思うと、少し心が軽くなると言うか、「可愛い部分もあるんだな」って素直に思うことができました。

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さて、文通ラジオについてさきさんと話をしていたときに、お互いが書いた前回の記事のなかから、気になるキーワードをピックアップしようという話になりましたよね。

前回さきさんが書いてくださった記事のなかから、今回私がピックアップしたいなと思ったのが「都会の空気」というキーワードです。

第ゼロ回で、自己紹介をしたときに、私とさきさんの出会いは、石川県の金沢市であることについて触れたと思うのですが、そんな金沢から実家のある大阪に戻ってきて、もう3年が経ちます。

私は生まれも育ちも大阪で、高校の時に奈良県の私立高校に入学をして寮生活を始めましたが、2年生になるタイミングで大阪の高校に転校。それからは24歳の秋に金沢で一人暮らしを始めるまで、ずっと大阪の実家で暮らしていました。

そんな私は、金沢への引っ越しを決断する前に、「東京に行こう」と決めたことがあったんです。当時の私は22歳ぐらいで、副業で始めたライターの仕事を本業にし始めて、フリーランスとしての働き方に少し慣れてきたぐらいだったと思います。

毎日同じ時間に起きて、朝ご飯も適当に食べて、ほぼ起きたままの格好でパソコンの前に座り、淡々と記事を書くような日々が数ヶ月続いたとき、「自分を変えない限りはずっとこの日々が続く」と思うようになりました。

最初は不透明な気持ちでしたが、そんな気持ちはいつしか大きな不安へと変わり、夜中に飛び起きるように目が覚めては「ライター 仕事 続ける方法」と検索をしたり、無我夢中で求人募集を眺めたりするようになり、不安を調べることでかき消すような日々が続く中で、ふと「東京に行こう」と思ったんです。

今思えば本当に一時的な衝動だったと思うのですが、「東京に行かないと人生は変えられない」と本気で思った当時の私は、東京に住んでいる知人に連絡をして、土地勘がないから住むところについて相談に乗ってもらったり、家探しをしたりして、「ここなら住めるかもしれない」と思う家にも出会い、初めての一人暮らしを手に届く範囲まで手繰り寄せることができて、どこかホッとしていたような気がします。

もう5年以上前の話なので、時系列があやふやですが、その後、ライブに行くタイミングで家探しの話を聞いてくれた知人に会うことになり、東京でライブを楽しんだ翌日に、知人との待ち合わせの場所に向かう際、乗り換えのタイミングで山手線のどこかの駅のホームに立ち、到着する電車を待っていました。

その時に、何本か電車を見送ってしまったんです。

最初は「人が多くて乗れないから、次の電車に乗ろう」という感じでしたが、数本見送っても、流れるようにやってくる電車を見るたび、段々と足が重くなり、「乗れない」という気持ちを抱くようになりました。

とはいえ、知人との待ち合わせがあったので、何本か見送った後、「えいっ」と思い切って車両に入ったのですが、人が乗っているはずの車内がとても無機質なもののように感じた瞬間、「…合わないんだ」と感じました。

正直、ずっと分かっていたんです。自分が東京という街に住んでいるイメージが全くできなくて、誰よりも私が街の空気感に合わないことを知っていたはずなのに、「東京に行かなきゃいけない」「ここでしかできないことがきっとある」という理想や期待が、がむしゃらに自分の心を奮い立たせていたんだと思います。

でも、心のどこかには「そんな直感は住んでみれば変わるかもしれない」っていう希望や、「想像を覆してくれる自分がいるかもしれない」っていう期待がありました。だからこそ、「合わない」とちゃんと感じたあの日、本当に惨めで堪らなくて。

知人と合流して、「東京には住め無さそう」って笑って言うのが精一杯になった日のことを「都会の空気」という言葉に触れたときに、思い出していました。

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先月、半年ぶりに金沢に行く機会があったのですが、せせらぎ通りの近くにあるお店でお酒を堪能した後、夜の金沢の街をお世話になった方と歩いているときに、「やっぱりいいな」って思ったんです。ツンとする空気とか、目に入ってくる街の雰囲気とか。街中を走る北鉄バスを見ては、「オレンジっていいな」と思ったり、

やっぱりここは「好きな場所」じゃなくて、「合う場所なんだ」って。少し恥ずかしいけど、過信しちゃいました。

東京で住めないことを決めてから、「大阪でもできることがある」とがむしゃらに働いて、いろんな基盤を整えたタイミングで金沢への引越を決めてから、実際に金沢に住むまでには紆余曲折がありましたが、やっとの想いで金沢という場所で暮らすなかで、「この街は合わない」と思ったことはありませんでした。

とてもシンプルですが、このシンプルな「合う」か「合わないか」が「暮らせる理由」なんだろうとも感じたんです。

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実家に戻ってきてから早3年が経ち、「そろそろ一人で暮らす家を探さなきゃ」と感じているタイミングの今、すごく迷っています。大阪の一人暮らしと、金沢の一人暮らし。まだどうなるかは分かりませんが、「合う場所で暮らす」ということはすごく大事なんだろうなと思ったときに、「そもそも”合う場所”ってなんだろう?」といった疑問が浮かんできました。

今のところ、私にとっての合う場所は、「暮らしやすさ(便利)」「人との距離感がほどほどにある」「冬がちょっと寒い」だと思っているのですが、さきさんはどうでしょうか。

もしよければ、この記事を読まれているみなさんにとっての「合う場所」とはどういうものか、コメントで教えてもらえると嬉しいです。

▶次回更新:2024年1月中(担当_さき)

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最後に。

2023年の夏から始めた文通ラジオですが、読んでくださる方、コメントを通してテーマを一緒に考えてくださる方がいることを本当にうれしく思っています。2024年もゆったりと続けながら、文通ラジオを通して何か企画ができればいいな…なんてことを、ぼんやりと考えています。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。


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