醜形恐怖症

人によってはただの自慢に聞こえるかもしれないし捻くれて捉えられるかもしれない。
これに関しては思うことが沢山あるから省略する部分も多くて上手く文章が書けないと思う。
私にとってはありのままを書く場所なのでご理解頂けたら。


かなり幼い頃の記憶のひとつ。
幼稚園児だった頃か、幼なじみと2人でその子の家の近くで遊んでいた時
知らないおばちゃんに「あら可愛い〜」と言い頬にキスされ、これあげる、と金銭を渡された。
こんな小さい頃からママ活…という冗談は置いといて私は突然すぎる出来事に呆然とすると同時に形容しがたい喪失感とショックを受けた。頬とはいえ初めてのキスだったからかもしれない。笑

私は周りから羨ましがられたくらい地毛が綺麗な栗色だった。
なぜか顔が見えすぎるのが怖くて前髪が目にかかっていないと落ち着かないのは幼稚園児の頃から今も変わっていない。
顔は可愛いかどうかでいうと可もなく不可もなく普通だったと思う。

それでも小学校に入った頃には小6の先輩方から可愛いと持て囃され、不思議な気持ちだった。それを見た同い年の周りの女の子からは良く思われていないのは感じた。

小4の頃は男女で遊ぶ時にいつも誘われるようになったけれども偶然耳に入ったのは「咲がいたら男の子が集まる」…。利用されているだけだった。


大人になって昔の自分を見返しても全く可愛い部類には入らない。なぜ告白され普通に彼氏が出来ていたのか不思議なくらい。
それに高3までは笑顔の写真が無い、あったとしても作り笑顔感満載。
高2の時に「移動教室で見掛けてて、可愛いと思って話してみたかった!」と言ってくれた子がいた。
今考えると嬉しいより不思議という感情が先にきて、全然わからない。
大学では単に派手髪に派手化粧の物珍しさやカースト等を気にして人が集まってたのは理解出来た(小悪魔ageha世代)


ハタチを超えてからは「お人形さんみたい」と言われる事が多くなった、今も。勿論初対面限定。
だけれども私はASDかINTPか故、「お人形さんみたい」と言われると
お人形は日本人形?西洋人形?見た目じゃなく喋らないってこと?そもそもそれは褒め言葉なの?と瞬時に疑問形になってしまう。自分でもめちゃくちゃ面倒臭い。

でもそんなこんなで人それぞれ好みはあれど「可愛い」を表現する言葉を沢山もらってきた有難い人生だと思う。
勿論気分を良くさせるために投げた言葉も大半あるだろう。

自意識過剰だけれども、故に「可愛くないと価値がない」というプレッシャーも生まれたかもしれない。

自分の顔が嫌いで化粧が濃かった。
三白眼なのでカラコンをいれ、アイラインを濃く引いてつけまつげをして、メザイクで二重幅を広く。
いつもヘアセットとベースメイクをサロンでお願いして自分でポイントメイクをしないと外に出られなかった。
水商売をやめてからも遊ぶ時、デートの時、など2年くらいはそれが続いた。

昔家の人に言われた「整形したら絶縁」という言葉に囚われて整形するという手段は一切思い浮かばなかった。

水商売もイベコンも辞めた後にパーソナルカラーや顔タイプを知り化粧の仕方等がかなり変わるキッカケになった。

その後でもふと自分の写真を見るととんでもない絶望に陥り死にたいとまで思ってしまう、いわゆる醜形恐怖症がいつの間にか頻発するようになっていた。
自分の顔が化け物みたい。なんでこんな顔を世間様に晒して生きてるんだろう。顔を治すとしたらどこからだろう、目鼻口、その前に輪郭だ。全部するとしたらいくらかかる?もう生まれ変わりたい。顔にお金をかける人生をやり直したい。
一瞬でこんな考えが一気に押し寄せてきて泣いてばかりなこともある。

可愛いとか美しいとかは見た目だけじゃないのは解っているのに。
どんなパーツも愛らしく綺麗、自信を持つことで内面から出る美しさ。それを伝える仕事をしているのに。

今でもたまにそういう波が酷い時が来て(強迫性障害の一種なのでコントロールできない)
整形の事を調べたりカウンセリングの予約を入れたり。
ただ数回それを繰り返してはいるものの「整形はしない」通常の精神時に決めた。
考え抜いた結果バランスが崩れて結局全部やらないといけなくなるから。
きっとSNSと加工アプリの普及によって「みんなこんなに可愛いのに…」と比べてしまう事も増えたから。
今の顔から落ち込まないために出来ることだけをコツコツと。

こちらは遠野なぎこさんのブログから引用。

【そこで私は、ある時から自撮りを始めました。『何で醜形恐怖と公言しながら、自撮りしてんの?話は嘘なの?』なんて言われる事が時々あります。違います。
っていうか、そんなつまらない嘘をつく理由が分かりません。
“自撮り”は、私にとって“リハビリ”なのです。
植え付けられた“モンスターのような私”は、一般的に見て本当に“モンスター”なのか。
それを知りたく、自分の目で見て自分の心で判断をして『認識の“育て直し”』をしているのです。
“認知行動療法”の自己流版と言いますか…。
(知識として間違っていたら申し訳ありません)
なので、自撮りをしますが…表情がいつも殆ど一緒なのです。
これ以上崩した表情をする事が今の段階では、まだ恐怖でしかなく…一つの表情で精一杯なのです。】

遠野なぎこさんには共感することが多かったりします。
私は昔DVモラハラ彼氏と別れた後にモデル事務所に入った。自己肯定感の立て直しをしたかった。配信もある種リハビリです(ラジオが多い時期があるのはこのせいでした)

年に1回のハイフ、気づいた時の美肌治療やエステ
毎月の美容院、まつげ、美容鍼、整体
毎日の朝の白湯と夜のストレッチとリンパ流し。
コスメや基礎化粧品の定期的な見直し
周りには必死なオバサンに見えてるかもしれない。

今も「可愛い」と言われると「何が?パーツが?表情が?なんで?」と面倒臭い思考が瞬時に来るのは性格か生まれつきなので仕方ない。
それでも言われると嬉しいし、言ってもらうことで少しでも自己肯定感を保とうとしている気がする。

ただただそれを続けて今後どうなっていくのか
「綺麗な歳の取り方」ができるのか
今はシミもシワもないけれど老いを受け止められるかが分からなくて怖い。
私より若くて目尻のシワがある子も沢山いるけれどもその子たちはシワさえ美しい。沢山笑った証だから。

外向的な趣味や行動を取り入れないとダメだな。
と思い来年は行動しようと思っているのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?