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HATSUKOI 1981 第17話

  第17話 お前だけが


「何の曲やるの?」

由美はブランコを軽く揺らしながら洋平に聞いた。最近バンドに集中するため剣道部を休部している洋平は、バンド練習がない日、学校帰りに由美と会っている。由美は合唱部の部活があるので、終わるまで町で時間をつぶし、由美の家の近所の公園で束の間の『二人だけの時間』を過ごすのだ。もう梅雨もあけ、夕方でも寒くはない。

「んー、『22歳の別れ』は決まってるけど、ほかの曲はまだ…」
 
隣のブランコに腰掛けて、ぼんやり遠くを眺めながら洋平が答える。

「コンクール9月だよね?間に合うの?」

「夏休みがあるし、普段やってるレパートリー絞り込むだけだから。ただ暗い曲が多いんで新しく明るい曲入れたいなって…」

「ふーん。どんな?」

「まだわかんないけど、できるだけハッピーなやつ。」

 現在恋愛真っ只中の洋平にとって、別れの曲はあまり気乗りがしない。できればハッピーな曲だけにしたいところだが、十八番の『22歳の別れ』は外せない。おそらくこの曲が〆になる。だからできればほかの曲は明るいものにしたい。自分ひとりで決めるわけには行かないのだが…        しばらく二人とも無言でブランコをこぐ。どんどん勢いをつけて、どんどん高いところまで上がっていく。由美は制服のスカートがめくり上がっても気にせずこぎ続ける。それを見てちょっと照れながら洋平もさらにこぐ。話していなくても、ただとなりにいるだけで、何でこんなにうれしいんだろう? ブランコをこぎながら顔が笑ってる。隣の由美を見るとやっぱり笑っている。この笑顔をずっと見ていたい。その笑顔、それだけでいい。と、ある歌詞が頭をよぎった。

『お前の優しい笑顔がそこに あればそれでいいのさ・・・』

こぎながら急に洋平が声を上げた。

「あっ!」

洋平はかかとでブランコにブレーキをかけ地面に立ち、驚いてブランコをこぐのをやめた由美のほうを向いた。

「ねえ由美ちゃん。」

「なあに?」

「ピアノ弾けるよね?」

「うん、一応音楽科だから。でも、どうして?」

「ちょっとひらめいたんだ。」

「え?まさか・・・」

「そう。そのまさか。」

「私にピアノ弾けって?応援はするけど、それはちょっと・・・」

「一曲だけでいいんだ。お願い!」

「えー!本当にやるのー?」
 
「ほかに頼める人いないんだ。頼む!!」

手を合わせて頭を下げる洋平に、由美はとりあえず確認する。

「もー! 何の曲ですか?」

「風の『お前だけが』。」

「ごめん。知らない…」

由美はクラシックで育ちで、いとこの『お兄ちゃん』はがちがちのロック派。一般的に有名な曲は知っているが由美はほとんどフォークを聞いたことがなかった。

「大丈夫!コード簡単だし、合唱の伴奏より簡単だよ、たぶん。
 今度楽譜のコピーとカセットテープ持ってくるから。」

この曲ならメンバーみんな納得するだろう。中学でやったとき、ピアノ伴奏があったらなあとみんなで話していた。そのピアノ付きでできるのだ。誰も文句は言わないだろう。

『俺って、あったまいいー!』

そんな顔をして、自分の思いつきに一人はしゃぐ洋平を、由美はちょっと困った顔で眺めながら、ため息交じりで承諾した。

「はぁ… しょうがないなあ…」


                             続く・・・

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