建築について私が知っていること 第1回「ソロモン・R・グッゲンハイム美術館」

前書き

好きなラジオで使われている言葉に「解像度・高杉晋作」というものがある。自分の詳しい分野が映像作品等に出てきたときに、ついつい解像度が高くなり細かいことが気になってしまうという意味で使われている。
そんな風に、周囲の人からその人の専門分野や好きなことの話を聞くのが好きだ。普通に話しているときには出てこない、その人自身のこだわりが垣間見えたり、知らない分野の話でも知り合いが話していると自然と興味が湧いてきて、聞いていてとても楽しい。
この連載は、私からの「建築とか建物のことをいろいろ教えて」という漠然としたお願いに対して、知り合いの建築士である加藤君に、毎回1つの建物をとりあげながら、建物を作る人の視点や彼が感じている/考えていることを教えてもらう内容になっている。読んでもらうのはもちろん、実際にその建物の写真を検索して見てみたり、同じジャンルの建物やとりあげられている建物に実際に行って、自分が何を思うのかを確かめてみるなど、いろいろな方法で楽しんでもらえたらと思う。


本文

初めまして、加藤と申します。
この記事では「建築をもっと身近に」をコンセプトに、建物の見所や考え方などをお届けします。
世間一般の人よりは詳しいはずですが個人的見解も多分に含まれているため、そういう考え方もあるよねと、あくまでも一つの解釈として捉えてもらえたら嬉しいです。
毎回私が気になった建物を一つ紹介し、それについて見て思ったこと・知っていることを綴ります。基本的には建築にそこまで詳しくない、だけど知的欲求が溢れている人向けなので、なるべく分かりやすくお伝えしていこうと思います。
それでは、よろしくお願いします。

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館

私事ですが、去年の11月、友人と一緒にニューヨークへ観光してきました。
なるべくお金を使わない、いわゆる貧乏旅行というものでしたが、ニューヨークという様々なデザインが交錯・共存する街において、全世界のスター建築家が手がけた建築物に触れることができたのは非常に刺激的な経験でした。
ニューヨークの街自体も興味深く、世界経済の柱ともなる大企業が構えた超高層ビルから、緑溢れるセントラルパーク、路上のゴミ箱を漁るホームレス、トレーラーハウスを改修してつくったタコス屋、街路の上に永久的に残された足場まで、一つの風景の中に様々な物語を感じました。

ニューヨークの横断歩道から photo by 筆者

そういう、ある意味で混沌とした街の中で、カテゴライズされることを許さない、一際目を引く建物が今回紹介する「ソロモン・R・グッゲンハイム美術館」でした。
「逆カップケーキ」というあだ名で地元民から呼ばれるその外観は、図式的かつ曲面的で、周辺の建物のボキャブラリーにない要素を沢山もっていたので、風景に馴染むというよりは独立した世界観をもっていました。

外観から photo by 筆者
ロビーから photo by 筆者
ロビー見上げから photo by 筆者

■基本情報

建物名:ソロモン・R・グッゲンハイム美術館
所在地:ニューヨーク
設計者:フランク・ロイド・ライト
竣工年:1954年(設計依頼は1943年)
備考:2019年に世界遺産登録

エントランスロビーに入るとまず目につくのは大きな吹抜けとトップライト。そしてとぐろを巻くようなスロープが上方まで伸びており、これが展示室になっています。(展示「室」というよりは展示「道」ですかね。美術館といえば展示の為の箱のイメージがあるかと思いますが、この建物は箱ではなく「道」になっています。)
空間体験として圧巻であると同時に、展示壁を螺旋状に巻きつけることで限られたスペースでの壁面の総長、つまり展示できる作品数を増やすことができるので、効率的な形でもあります。

展示室(道)の風景 photo by 筆者

■立体駐車場

あまりにも突然ですが、立体駐車場にはどのようなイメージを持ちますか?
どうした急にと思うでしょうが、少しだけお付き合いください。
あまり気にしたことがないという人もいれば、暗いとか、少し汚いとか、そこまでポジティブなイメージはないかもしれませんね。
誤解を恐れずにいうと、立体駐車場はあくまでも自動車のための建築です。
犬小屋が犬のスケールに合わせて設計されていることと同じように、自動車のサイズや重さ、回転軌跡などから平面構成や柱割が決定していきます。
加えて、集合住宅が容積率を食いつぶして沢山の人が住めるようにすることと同じように、自動車を可能な限り多く収納する、という合理的な設計原理も働いています。
人に比べて自動車の方が滞在時間が長いので、内装に気を遣う必要もないし、なんなら壁だって無くして半屋外にしても問題ないです。
その中でも、自動車のための建築という与件が如実に形態へ反映されているもの、それが自動車用ランプ(上り下りを目的とした傾斜)です。
※一般的に傾斜路のことはスロープと呼びますが、ここではあえてランプと呼びます。

自動車用ランプの例:新宿伊勢丹のパークシティイセタン1

ランプの曲面が外から見ても特に目立って見えます。
水平垂直で組み立てられた人工物に突然、川の流れのような、緩やかで、力学的な運動が現れることで、空間にインパクトを与えています。

そんな立体駐車場に感銘を受けた人物が、本日の主題であるソロモン・R・グッゲンハイム美術館を設計したフランク・ロイド・ライト(以下、ライト)です。

アルバート・カーンという自動車工場などを中心に設計していた人物がいまして、ライトはソロモン・R・グッゲンハイム美術館設計の前に、彼の設計した立体駐車場にとても感銘を受けていたそうです。
書籍の中ではこう綴られています。

「ライトが確かに見たように、傾斜付きのガレージ(立体駐車場)は斬新な機能性、空間性、構造的アイデアが集約されているだけでなく、傾斜路を介して連続的な動きをシミュレートする新しい建築でした」

参照元:Solomon R. Guggenheim Museum (2009).
The Guggenheim: Frank Lloyd Wright and the Making of the Modern Museum.
Guggenheim Museum.

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の大きな特徴といえば、その大胆なランプ状の展示室です。この螺旋は「スパイラル・ランプ」と呼ばれ、勾配は4%とされています。1m上に上がるのに25mの水平移動が必要(1/25勾配)で、車椅子でも自走可能な勾配になっています。
実は、先のアルバート・カーンの設計した立体駐車場の最小勾配と一致します。

断っておきますが、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の元ネタは立体駐車場だ!ということを言いたいわけではありません。
現に、ライトがソロモン・R・グッゲンハイム美術館のランプについて語るときは常に歴史的・体験的文脈からでした。(ライト自身は「逆ジッグラト」と呼んでいたらしいし、海外のwikipediaではジョセッペ・モモ設計の傾斜路にインスパイアを受けたとも記してある)(*1)
重ねますが、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の参照元がどこであるかは差して重要ではないです。

なぜこんな話をしているかというと、人間のために設計した訳ではない立体駐車場の自動車用ランプが、世界遺産である美術館と似たような空間性を備えているという事実が、偶然を超えたある種の神秘性を帯びているのではないか、そう思うわけです。

絶対的に、やっぱりランプってかっこいいよねと。ライトにはそれを見抜く力があったのでしょう。

少し考え方を変えることで、性質の異なる二つが実は同じ籠に入るかもしれないと、驚くことがあります。
同じ発音でも意味が異なることを「同音異義」と言ったりしますが、同様のことが建築物でも起こり得るということが、興奮冷めやらない点でもあります。

では、ライトも惹かれるランプの魅力ってそもそも何でしょうか。
もう少し小話にお付き合いください。

■ランプの魅力

学生時代、友人と上野あたりを歩いていたときのこと。友人が「ここやばい!!!」と言って、目の前のY字路を指さしていました。
その友人曰く、ただのY字路はそこまでポイントが高いわけではなく、一方が上り坂、他方が下り坂となっていることに興奮していたそうです。
確か、Y字路を初めて評価した人物は横尾忠則だったと記憶していますが、彼も同様の感性を持っていたのかもしれません。(*2)

友人の「ここヤバい!!!」は何なのか、改めて考えてみると、これは物語性ではないかと思います。
冒頭で、ニューヨークの街並みの魅力は一つの風景の中に多様な物語を感じられること、と書きました。それと同じで、坂道となることで多彩なシークエンスが生まれて、それに惹かれるのではないか。例えば、平坦な道に比べて、家の屋根が連なってみえたり、擁壁の岩肌があったり、道路面にかかれた路面標示が立体的にみえたり、切り取られる空の面積が変わったり、様々な奥行を感じることができます。
こういうことが、ランプの魅力にも繋がってくるのではないかと思います。

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の「スパイラル・ランプ」は、Z軸の移動に加えて、XY軸への意識、つまり、歩けば刻々と見る景色・展示作品が変わっていくという、坂道萌えにも通じるような、シークエンスの変化が楽しめる三次元的な設計思想です。

展示室(道)から photo by 筆者

設計者であるライトもランプのもつ物語性には言及しています。
ニューヨークの街を歩いていると好きなグラフティに出会うみたいな偶発的体験が、この美術館でも実現できたらと考えていたそうです。(*3)

■床・壁・天井

ここからは美術館の抱える問題点と、それらに対してグッゲンハイム美術館がどのような姿勢でいたかについて、綴っていきたいと思います。

まずは床です。
一般的な展示室の床は大体、木であることが多いです。これは、例えば展示品を誤って落した場合であっても作品に傷がつきにくいからです。
対して、グッゲンハイム美術館の床は石ですが、これにより美術作品の品格を保つのに一役買っているわけです。グッゲンハイム美術館も、現代美術を取り扱う建築でありつつ、そういった品格というものを守るという姿勢が感じられます。ちなみに巾木も石です。

ランプの床 photo by 筆者

次に壁です。
ご存じでしょうが、展示室の壁は基本真っ白です。展示室の壁面のせいで展示作品の印象が変わらないように、匿名性の高い白色が採用されます。グッゲンハイム美術館においても、これは同様ですが、一つ異なることがあります。
それは壁が外側に傾斜しているという点です。
傾斜しているとはつまり、壁に絵画を飾るとイーゼルに乗せたときのように上向きになってしまいます。
そこでライトは、展示作品は外壁とは独立して展示する方針をとりました。書籍によると、壁から水平に鉄の棒を伸ばしてそこにとりつけるなど、壁からの開放を目標としているようです。(*4)私も実際に展示をみたときは、天井から吊っていたり、新規で垂直な壁を立てていたりと、確かに壁から開放されたような展示が多かったです。(そのまま斜めの壁に取りつく作品もありましたが)

最後に天井です。
美術館では日々、様々な催しがあります。そのたびごとに対応できるよう、可動壁のレールやライティングレールなどが天井には張り巡らされています。
フレキシブルな展示が可能というメリットと共に、作品鑑賞の緊張感を阻害する、というデメリットも孕んでいます。折角の芸術鑑賞なのに、可動壁を支えるレールや金物、ライティングの器具などが視界に入ると、急激に日常へ引き戻されてしまうわけです。可動壁論争、などとも言われたりするそうですが、最近の展示室の天井というと、この辺については割り切って露出させていることが多い印象です。
一方で、グッゲンハイム美術館はどうか。グッゲンハイム美術館は緊張感を保つ選択をしています。照明器具が見えないように意図的に垂れ壁を設けるなど、可能な限り余計な要素は隠す方針としているようです。

照明① photo by 筆者
照明② photo by 筆者
照明③ photo by 筆者

グッゲンハイム美術館は全てを徹底しているわけでもなかったですが、床・壁・天井には、美術館の思想が現れやすいのかなと思っています。

■終わりに

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館について考えるにあたって、美術館という箱からの脱却、といえばまとまりはつくのかもしれないですが、実際に体験してみるとそれ以上の収穫があった気がします。この建物がニューヨークにあることも含め、思考の枝は多方面に伸びていくような気がします。

下記URLにソロモン・R・グッゲンハイム美術館の書籍を記載しておきます。

あと、傾斜について私が色々考え始めたきっかけの本も紹介しておきます。斜めという次元に憑りつかれた「斜め狂」が、建築から都市まで、ひたすら斜めの良さを語る本です。

いやはや、美術館は難しいですね。

ありがとうございました。


注釈

*1:https://en.wikipedia.org/wiki/Solomon_R._Guggenheim_Museum 
*2:横尾忠則が書いたY字路は以下を参照。
 https://www.1101.com/yokoo_tamori/y_joro.html 
*3:Solomon R. Guggenheim Museum (2009). 
The Guggenheim: Frank Lloyd Wright and the Making of the Modern Museum. Guggenheim Museum.
*4:Solomon R. Guggenheim Museum (2009). 

本文:加藤
前書き・注釈:編集

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