見出し画像

第32回 本を読もう!(ロシア)


※画像のみの転用や、無断での二次利用は固くお断りいたします。

この「叫ぶ芸術」そのもののようなポスターは、イタリアの友人宅の台所の真っ白な壁に掲げられていた。

女性の生き生きとした表情、極端にまでそぎ落とされたシンプルな構図、ダイナミックなデザイン、大胆な色づかい…。聞けば1924年に旧ソ連で制作されたポスターのコピーなのだとか。今から90年以上も前のことだ。

最も印象深いのは、白黒写真の女性だ。「クニーギィ」(ロシア語で「本」の意味)と叫んでいて、国立出版社レニングラード支部の宣伝に作られたものだという。

モデルは、リーリャ・ブリーク(1891~1978)。ソ連の映画監督で、左翼芸術雑誌“LEF”の編集にも関わった。数多くの芸術家や作家を世に出したことでも知られている。

リーリャはモスクワの裕福なユダヤ人家庭に生まれた。芸術家、作家、映画監督、画家、オペラ歌手などなど、パリやベルリンからの訪問客が集うサロンのような家庭だったらしい。彼女は、バレエやピアノのほか詩や絵画にも才能を発揮した上、ドイツ語とフランス語に堪能、モスクワ建築大学で建築と美術を専攻した。

21歳でオシップ・ブリークと結婚したのだが、その一方で、反体制派の詩人ウラジーミル・マヤコフスキーと恋に。マヤコフスキーの詩のほとんどすべてが彼女にささげられる。夫は妻の恋愛を認めて、支援さえするようになり、やがてマヤコフスキーら3人は仕事と生活を一緒に始める。

その前衛芸術家のサロンには、『ドクトル・ジバゴ』を書いたノーベル賞作家ボリス・パステルナーク、『どん底』の小説家マクシム・ゴーリキー、映画『戦艦ポチョムキン』の監督セルゲーイ・エイゼンシュテーインなど、世界の宝と言われるアーティストが集うようになる。

さて、ポスターの作者のアレクサンドル・ロトチェンコ。「ロシア・アヴァンギャルド」に属し、絵画、建築、写真等多岐にわたって活躍した。1920年代にはマヤコフスキーと共同でポスター制作に熱中。彼の作る詩がキャッチフレーズとなり、効果的なデザインと相まって、プロパガンダポスターの傑作が多数生まれた。

イタリアの友人は、70年代にトリエステ市内のイタリア共産党系の書店で、見つけた。

「これはラディカルな左翼女性運動家だった私の青春の思い出ね」

(三井マリ子/「i女のしんぶん」2016年2月10日号)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?